液晶テレビ

Mさんの家でブラウン管テレビから液晶テレビに買い替えた、十数年前のことだった。
夜中、喉が渇いて目を覚ましたMさんが水を飲みに洗面所に行くと、リビングの方からおばあさんの声がする。
普段おばあさんは夜九時くらいには寝てしまって、朝まで起きない。こんな深夜に起きてるなんて珍しいな、一体何を言ってるんだろう、と気になってリビングに向かった。
リビングのドアを開くとおばあさんの言葉がはっきり聞こえた。
おじいさん! おじいさん!
おばあさんは新しいテレビに向かってしきりにそう呼びかけている。
もちろんテレビはおじいさんではないし、そもそもおじいさんはその二年ほど前に亡くなっている。
おばあさんも当時八十五歳だった。これ認知症かな、とドキドキしながらMさんはおばあさんの後ろから近づいていったが、テレビの画面が視界に入ってみると仰天して思わずあっと声を上げた。
画面いっぱいにおじいさんの顔が映っている。なぜか白黒テレビのようにモノトーンで映っているのが遺影のようだった。
しかし確かに亡くなったおじいさんの顔だ。向こうからはこちらが見えていないのか、何かを探すようにきょろきょろと見回している。引き続きおばあさんは何度も画面に呼びかけているが、聞こえていないようで特に反応を示す様子はない。
Mさんも一緒になっておじいさん、と呼びかけたが、やはり声は届かないようで、それから数分のうちにおじいさんの顔はだんだん薄くなって見えなくなってしまった。
おばあさんの話では、自室で寝ていたはずがいつのまにかリビングにいて、テレビにおじいさんが映っていることに気がついたのだという。


このことの影響があったかどうかはわからないが、おばあさんはそれ以来急に認知症が進み、体力もどんどん衰えていって、翌年の秋に亡くなった。