卒業証書

Kさんが中学校を卒業したときのことである。
式は順調に進み、卒業証書授与の段になった。
卒業生は全部で六十人あまりで、その全員に校長先生から証書が直接手渡される。
一人ずつ舞台上に進み、それまで何度か練習してきた通りに証書を受け取っていった。
順番は出席番号の通りに男子から始まり、男子が終わってから女子に移る。
Kさんは女子の四番目なので、自分の番が来るまで男子が次々に証書を貰うのをじっと見ていた。
男子の最後のひとりが証書を受け取り、舞台の下手へ歩いていく。
そろそろKさんの出番である。
女子の一人目が証書を貰ったら、椅子から立って舞台下で待機することになっていた。
だが、次に呼ばれたのもなぜか男子の名前である。
たった今証書を受け取ったばかりの男子の名だった。
名簿を読み上げている先生が間違ってしまったんだ、と思ったが違った。
舞台の上手から校長先生の前に歩いていったのも、名前を呼ばれた当の男子だったのだ。
今しがた下手へ歩いていったはずだったが、なぜか上手から現れた。
咄嗟に下手を見てみれば、彼の姿はない。
彼は当たり前のように証書を受け取り、先程と同様に下手へ歩いていった。
混乱したKさんは、隣の席の女子に話しかけてみた。
「今さ、二回貰ってたよね?」
「うん……何なのあれ?」
隣の女子も怪訝な顔で頷いた。Kさんの気のせいではなかったらしい。


結局、その後は特に変わったこともなく式が終わった。
気になったKさんは、式の後で例の男子本人にどういうことか聞いてみた。
「卒業証書二回貰ってたよね?何あれ?」
「は?何それ」
「だから、さっき二回呼ばれて卒業証書二回貰ってたでしょ?」
「そんなわけないじゃん。一回しか貰ってないって」
本人は固く否定して、卒業証書の筒を開けた。確かに中には一枚しか入っていない。
しかし、Kさんも見間違いではないという確信があるので引き下がれない。
近くにいた他の生徒数人にも聞いてみると、Kさん同様に見た、という生徒もいればそんなことはなかった、という生徒もいて、意見が分かれてしまった。
結局のところ、男子本人はこの件を否定したままだった。
卒業式には保護者としてKさんのお母さんも来ていたので、帰宅してすぐに聞いてみたところ、お母さんもあの男子が二回呼ばれたように思ったということだった。
見ていたのがKさんだけではなかったのでやはり事実だったように思えるが、それならなぜ意見が分かれたのか、それがKさんには不思議だったという。