独身教師

小学校教諭のMさんが同僚に電話をかけたときのこと。
応対する同僚の声の向こうから、女性と幼い子供の声が聞こえてきた。
何を言っているのかはよく聞き取れなかったが、その楽しそうな声の調子から、奥さんと子供だろうとMさんは思った。
その同僚はその年に赴任してきたばかりで、まだ二十代の若い先生だった。
彼が結婚しているとは聞いていなかったのでMさんは少し意外だったが、聞こえてくる声が幸せそうだったので微笑ましくなったという。
その時は連絡事項だけ伝えて電話を切った。


翌日、出勤したMさんはちょうど職員室にいた教頭先生にこのことを話した。
すると、教頭先生は眉を寄せて言う。
「彼は独身で一人暮らしですよ」
「あれ?でも昨夜は確かに奥さんと子供らしき声が聞こえたんですけど……」
「テレビの音とかじゃ?」
「そんな風には聞こえなかったですけど……」
教頭先生は、そこで声を小さくした。その顔が心なしか強張っている。
「……実は、私も前に彼に電話をかけたことがあったんですが」
「それじゃあ、教頭先生もあの声を?」
「でも、その時は女の人の声しか聞こえなかったんですよ。その時には彼女か何かだと思ったんですが……」


その後も何度かその同僚に電話をかける機会があったが、彼が家にいる時は決まって女性と子供の声が聞こえたという。
どうにもいやな感じがして、結局そのことは同僚本人には言い出せないまま、Mさんは一年後に別の学校へ異動となった。
彼が結婚したと言う話はいまだに聞かないという。