鏡台

Kさんが高校時代に所属していた演劇部の部室は倉庫として使われていて、大道具やら小道具やらが所狭しと押し込められていた。
その一番奥の方に一台の古い鏡台があったのだが、これが曰く付きの品とかで舞台には使わないことになっていた。
どういう経緯でそこにあるものなのかは誰も部内に知る者がなかったが、とにかくできるだけ触らないのがお約束だった。
しかし大掃除などでどうしても動かさなければならないような時は、必ず男子部員がやることになっていた。
何でも、女子がこの鏡を覗くのがよくないという。
と言っても実際にその鏡を覗いてみた女子はいなかったので、みんな半信半疑ではあった。
代々そういうことになっている、と先輩から言い聞かせられていたのを守っていただけだったのである。


文化祭の公演の準備のため、部員総出で大道具を運び出していた時のこと。ちょうど周りに置いてあった大道具を運び出したために、普段は陰になっていたこの鏡台がよく見えるようになった。
みんな言葉には出さないまでも、何となく気味悪がっていた。
そんな雰囲気を察知した部長が、何を思ったか突然鏡台の覆いを外した。
部長自身は鏡台の曰くなど全く信じていなかったのでそんなことをしたらしいのだが、その直後に部室内が大混乱に陥った。
鏡台に視線を向けた女子部員が一斉に悲鳴を上げたのである。中には顔を両手で覆って泣き出してしまった子もいた。
Kさんも鏡台を見たのだが、特に変わったところがあるようには見えない。
しかし、女子たちは早く鏡を隠すように叫んだ。
部長がうろたえながら覆いを元に戻すと、ひとまず女子たちは安心したようだったが、とりあえず皆部室の外に出ることにした。
余程ショックを受けたようでまだすすり泣いている女子もいたが、何とかなだめながら話を聞いたところ、皆同じものを見たらしい。
鏡には、顔を真っ白に塗った老婆が映っていたという。
老婆は櫛を片手に持ちながら、鏡台に大きく映っていたらしい。
当然そんな映り方をするのは鏡台の真ん前に人がいる時なのだが、そこには誰もいないのに鏡には確かに映っていたというのだ。
Kさんを始め、男子部員は誰一人としてそんな物は見ていなかった。
しかし女子が嘘を言っているようにも見えなかったし、仮に狂言だったとしても意味がわからない。


とにかくそんな事があったので、鏡台は以前より厳重に覆われた上で、倉庫の一番奥に仕舞い込まれた。
なぜか捨てるという話は全く出なかったという。