荷台

Fさんが通っていた高校では、自転車で通学する生徒が一人もいなかった。
別段、校則で禁じられていたわけではない。以前はそれなりの人数が自転車で通っていた。
ある頃を境に誰も自転車に乗らなくなったのは、こういう経緯があったらしい。


Fさんが二年生の夏休み、一年生の女子がひとり亡くなった。
部活動の帰りに自転車の二人乗りをしていたところ、ハンドル操作を誤って転倒。後ろに乗っていた方の女子生徒が頭を強く打ち、帰らぬ人となったのである。
八月の登校日に全校集会でこのことが告げられ、校長先生から亡くなった女子への追悼の言葉や二人乗りの危険性が語られた。


その女子が出る、という噂をFさんが聞いたのは二学期になってからのことである。
一年生の何某が下校中に見た、などという曖昧な話で、Fさんもよくある流言だと思っていた。
その話を聞いた数日後。
部活動が休みだったので早く下校しようと靴を履いたFさんは、友人と一緒に校門へと歩いていった。
他にも下校する生徒がてんでに校門を抜けてゆく。
隣の友人が、ふと立ち止まった。怪訝そうな眼つきで向こうを見つめている。
どうかしたのか、とFさんが聞くと、友人は見ている方を指差して言う。
「あの自転車、後の子、なんか変じゃねえ?」
「変?」
Fさんもそちらを見ると、確かに自転車が一台、向かい側から走ってくる。
ハンドルを握っているのは男子生徒で、その向こう側に女子生徒の姿が見える。
二人乗りか、と思ったが二人の位置関係が何やらおかしい。
女子の肩から顔にかけてが、前の男子生徒の頭より上に見える。
自転車の荷台からまっすぐ立たないとそういう位置には見えないだろうが、そうやって立つには男子生徒の肩に手をかけないとバランスが取れないだろう。
しかし、女子生徒の両手はぴったり体の横に下ろされているようで、どこかに掴まっているようには見えない。
余程バランス感覚がいいのか。
周りにいる他の生徒も次第にこの異様な光景に気が付いたらしく、俄かに周囲がざわついた。
生徒達に注目される中、直立した女子を後に乗せた自転車はそのまま進む。
横から見ると、後部の女子はやはり直立不動で荷台の上に立っていた。
ハンドルを握っている男子生徒は涼しい顔をしてペダルを踏んでいる。
周囲の視線にも気が付いていないようだ。二人乗りをしている割にはハンドルもペダルも軽そうに見える。
そして自転車が校門を抜けたその瞬間、荷台に立っていた女子が消えた。
何の前触れもなく、テレビのスイッチを消すようにぱっと消えたという。
自転車に乗った男子はそのまま、何事もなかったかのように走り去った。
Fさんの近くで見ていた女子生徒が、短く悲鳴を挙げた。


Fさんは亡くなった女子生徒と面識がなかったので、荷台に立っていたのがその女子生徒だったかどうかはわからないという。
ただ、それからも自転車の荷台に立つ女子生徒は何度も目撃された。
ほぼ毎日のように、下校途中の生徒が同じものを見たのだという。
決まった自転車に現れるわけではなく、とにかく下校中に自転車に乗るといつのまにか荷台に立っている。
真後ろのことだから、自転車に乗っている本人は気が付かない。
いつも周りの人間が見る。
教師でさえ見たという話があった。
Fさんもあとでもう一度見たという。
そんな調子で目撃例が相次いだのでみな不気味に思ったのか、やがて自転車に乗る生徒が一人もいなくなったということである。