埃手

Yさんの実家には古い木造の倉があった。
造られてから百年は軽く経っているという年代物である。
この倉を、年に二回ほど家族総出で大掃除する。
Yさんが小学生の頃、この大掃除について気が付いたことがあった。
お父さんが、ある物を必ず真っ先に拭くのである。
大掃除はまず、大小さまざまな箱やら何やらを外に運び出すところから始まる。
しかしお父さんは必ずそれよりも先に、倉の一階の奥にある古い長持に雑巾をかけるのだ。
Yさんも最初の頃は特に気にしていなかったのだが、次第にそのことに疑問を持つようになった。
しかしそれを聞いてみても、お父さんは「大したことじゃない」と言葉を濁すばかり。
そのうちにYさんの方もこのことを気にしないようになって、やがて忘れていた。


Yさんが大学生の時、お父さんが倒れた。心臓の持病が悪化したのである。
命に別状はなかったものの、二週間ほど入院することになった。
家の手伝いのために帰省したYさんは、お母さんから頼まれて倉からいくつか荷物を取り出しに行った。
必要なものを探しているうちにふと、あの長持のことを思い出した。
なぜあれを真っ先に拭いていたのか。
にわかに気になったYさんは、長持に近付いてみた。
前回、倉の大掃除をしたのは三ヶ月ほど前のことで、長持の上にもうっすらと埃が積もっている。
その埃の上、端の方に、手のひらの跡がひとつ付いていた。
右手。
小さい。
子供の手――だとYさんは思った。
誰が付けたのだろうか。当時、Yさんの実家に子供はいない。
親戚の子供が最近来て付けたのだろうか。
Yさんがそんなことを考えていると、目の前で手の跡がズズッと横にずれた。
(えっ!?)
まるで、見えない手が埃の上をなぞったようだった。
Yさんが驚くその目の前で、手の跡は長持の上をゆっくりと横断して、反対側の端でぴたりと止まった。
(父さんは、もしかしてこれを家族に見せたくなかったのか?)
そう思ったYさんは、すぐに雑巾を取ってくると長持の埃を拭き取った。
手のひらの跡はきれいさっぱり見えなくなった。