黒い革靴

中学校からの帰り道、Eさんがいつものように自転車を漕いでいた。
しかしその日に限って、どうもハンドルが重く感じられる。
鞄はいつも後ろの荷台にくくり付けてあるから、ハンドルの前の籠には特に何も入れていない。
にもかかわらず、そこに重いものを入れている時と同じような感覚があって、大層運転しにくい。
おかしいな……、と重いペダルを踏みながら前の籠に目をやると、いつの間にやらそこには黒い革靴が揃えて入っているではないか。
Eさんの靴ではない。誰のものか心当たりもない。
学校を出た時にはこんなものは入っていなかった。
自転車に乗っている最中に誰かが近づいてきたということもないので、誰かが入れたはずもない。
急にそこに現れたようにしか思えず、不思議に思ったEさんは自転車を漕ぎながら籠の中に片手を伸ばした。
するとその拍子に地面に伸びた自分の影が視界に入った。
その影の形がおかしい。
影の自転車の前の籠からは、人の形をした影がまっすぐ伸びている。
誰かが籠の上に立っているように。
えっ、何だこれ。
それに注意を奪われた拍子にEさんはバランスを崩し、道の脇の田んぼに自転車ごと転落してしまった。
泥まみれになったEさんが見回してみても、あの黒い革靴はどこにもなくなっていたという。