黒い男たち

最近『ザ・シェフ』が文庫で出ているので読んでいるのですが、この作品は要するに『ブラック・ジャック』の様式で書かれている作品です。BJといえば個人的には幼少時の愛読書で「五千万いただきましょう。いやならいいんですぜ。この病気は私以外には治せませんがね」などと台詞を真似るのが当時の私や姉の流行でした。厭な子供だ。
『ザ・シェフ』同様にBJ様式の作品はいくつもあって、Wikipediaの『ブラック・ジャック』の項によれば

といった作品が挙げられるようです。『スーパージャンプ』で現在連載中の『王様の仕立て屋』もこれに加えることができるでしょう。こういった作品群は単にBJの剽窃としてではなくて、そういった作品様式として受け入れられているように見受けられます。BJ以前にそういう様式があったかどうかは知りませんが。
BJ様式の要素を挙げてみると、大体以下のようになるのではないでしょうか。

  • 凄腕の主人公
  • 高額の報酬
  • 依頼を受けて各地に赴く
  • しばしばその分野で異端扱いされる主人公

要するにこういった要素を組み込んだ作品なら、色々な職業に応用ができるわけです。そこで誰しも考えるのは「じゃあ今度はどういう職業にしたら面白いだろうか」でしょう。私も最初そう考えました。しかし、この様式はなかなかに汎用性が高い。大抵の職業に当てはめていけそうな気がします。農家だろうと遠洋漁師だろうとプログラマーだろうと家庭教師だろうと。
ならば逆に考えて、この様式が使えなさそうな職業は何でしょうか。
まず、芸術家や小説家なんてのは無理そうかな、と思いました。芸術家が自作の制作を他者に依頼するなんてことはちょっと考えにくいような気がします。しかし世の中には便利な言葉があるものです。「ゴースト」。どんな作風だろうと真似てしまう主人公が高額の報酬で訳ありのゴーストライターを担うというのはアリかと思います。
で、思い至ったのが公務員です。公務員ですから依頼によって高額の報酬を要求することができません。公務員ですから目指すところは安定したサービスであって、卓越した技能は必ずしも求められません。
じゃあ公務員の仕事はBJ様式によって作品化できないのかというと、難しいことではありますがやってやれなくはない気もします。難事にあえて挑戦するのがよく訓練された表現者です。そうしないのは腰抜けマクフライです。お留守ですかマ、ク、フ、ラ、イッ。
そんなわけで『伝説の公務員 竜(仮題)』ダイジェスト。公務員と言っても色々ありますがここでは市役所員で。

「聞いたことがある……
非公式の嘱託ながら、彼の手で解決しない行政問題はないという……」
「まさか……彼がその? 」

「五千万ですね。いやならこの話はなかった事に」
「馬鹿な! いやしかし……私の一存では……助役とも相談しないと……」

「この街によそ者の手はいらない。せっかくだがお引取り願いたい」
「私は他の誰でもない、この街自身に呼ばれて来たんだ」
「世迷言を! 」
「――試してみるかい? 私の公務(ちから)を」

「強制収用は予定通りだ」
「何てことを! それでは市民を抑えきれない! 」
「――ここまでは市長の描いたシナリオ通りだ。ここからは私のやり方でいかせてもらう」

生活保護件数は減らさない。むしろもっと増やしていこう」
「正気ですか!?」
「まあ見ていたまえ、本物の"生活保護"がどういうものか……教えてあげよう」

「これからどちらに? 」
「北だよ。試される大地が待っている」
「何故なんです? あなたほどの力があれば、市長にだって……いや、もっと上にだってなれるはずだ」
「無理なんだよ」
「どうして!?」
「私は……日本国籍を持っていないからさ」


(第一話 完)

実際の公務員の方に申し訳ない。