山田いじめ (62/100)

山田が学校の用具室で首を吊った。
学校関係者も警察もマスコミも、イジメが原因だろうかと当初は色めきたったが、調べても一向にその気配が見つからない。
遺書も無かったので結局彼がなぜ自殺したのかは不明のままで、恐らく勉強か人間関係あたりの悩みでノイローゼになった結果であろうという結論に落ち着いた。

もちろんこれは誤りで、本当の原因はクラスメートの高橋にある。
山田は同じクラスの小林と付き合い始めたばかりで、互いに夢中だった。
小林は華やかな容姿に加え性格も明るく真面目で人当たりがよく、クラスでも一際目立つ存在で密かに彼女に憧れる男子も少なくなかったのだが、高橋もそんな中の一人だった。
嫉妬に狂った高橋は、山田に「小林は以前から援助交際をしている。お前と付き合っている現在もどうやらお前に隠れて続けているようだ。自分は偶然それを目撃してしまった。黙っているつもりだったがお前が不憫でならないので教えることにした」と吹き込んだ。無論根も葉もない虚言である。
山田は素直で気弱な男だったので高橋の巧みな言葉を鵜呑みにし、小林に確認することもできずにひと月あまり悩殺した挙句、小林との秘密の逢瀬を重ねた用具室にてひっそりぶら下がった。

山田が死んだので高橋は小林に接近できると思いきや、頭が回る割に臆病な高橋はいつまでも小林に思うように接することができずにいた。そうこうするうち、小林はクラスメートの村田と付き合い始めてしまった。山田を失った小林の悲嘆に巧く取り入った形だった。
またもや嫉妬に狂う高橋は、村田を山田と呼び始めた。のみならず、巧みに他の何人かのクラスメートを誘導して、同じように山田と呼ぶよう仕向けた。この誘導の手腕は高橋の天性の才能と呼べるものであった。
無論冗談めかしてはいたが、これを続けるうちに村田はだんだんおかしくなった。死んだ者の名前で呼ばれ続けるのはただでさえ気持ちのいいものではないだろうし、自分のものではない名前で呼ばれ続けたことで彼は自己を見失い始めたものらしい。
村田は近くのビルの上から飛び降りた。遺書には「よくわからなくなりました」とだけあった。原因は不明とされ、山田と呼び続けられていたことと彼の死を結びつける者は誰もいなかった。
この頃になると高橋の小林への興味は薄れてきていて、ただ人の心の弱さを突いて破滅させるのが堪らない楽しみになっていた。
調子付いた高橋はこのあと同様にクラスメートから適当に選んだ者を面白半分に山田と呼び始め、更に二人を立て続けに自殺へ追いやった。
もはや山田の名は呪いの言葉だった。

しかし高橋はいささかやりすぎた。
同じ手を使いすぎたので、この辺りになると他のクラスメートも事情が呑み込めてきたのである。動機は不明であるものの、クラスの中でも目立たない存在だった高橋が全ての元凶であると何人もが理解し始めた。村田の時には高橋に乗せられて一緒に山田呼ばわりしていたクラスメートもいたので、その罪悪感も転じてクラス内の高橋への反感は急激に高まった。
高橋がしたことは精々不謹慎な徒名をつけることぐらいで、それ自体はほとんど罪に問えるようなことではない。問題はそれを完全に悪意で行っていたところだった。
秘密裏に高橋を除くクラスメートの間で話し合いが持たれ、結果として高橋はクラスの全員に山田と呼ばれ始めた。人を呪わば穴二つと言うのはこのことで、己がしたことがそっくり彼に返ってきた形になる。
高橋は半年間持ちこたえたが、やはり首を吊った。山田本人とまったく同じ用具室でのことだった。
なぜ同じ場所で二人も首を吊ったのか周りの人間には皆目わからなかったので、やがて校内で「用具室は呪われている」という噂が立った。
生徒の間で噂が広まるにつれ職員の間でもその影響が無視できなくなったので、用具一切は他の部屋に移され、元の用具室は施錠されて「開かずの用具室」になった。今でも学校の七不思議のひとつに数えられている。


            • -

この作品はフィクションであり、実在の山田、高橋、および七不思議とは一切関係ありません。
作品中に山田や高橋などについて、今日の自意識からみて不当・不適切な語句や表現があります。これらのことについては、作品の時代的背景にかんがみ、そのままとしました。