群箒

Sさんの家の隣は空地になっている。以前はそこに立派な家が建っていたのだが、住んでいた家族が引越してしまい、それからすぐに取り壊されて更地になった。
その家族とは親しくしていたわけではないからSさんは家の中に招かれたことがなかったが、外観からして金のかかっていそうな家だと感心していたから、住まなくなってすぐに取り壊してしまったのは意外だったし、更地にしたあとにすぐ次の家が建たないのも不自然な感じがしていた。
とはいえ隣に人が住んでいた頃も更地になった後も、特段困ったことがあったわけでもないので、何となく変だなと思っていたくらいで普段からその場所を意識してはいなかった。隣が空家になったときと取り壊しが始まったときにおや、と思った程度だった。
ただ、一度だけこの空地で奇妙なことがあったという。


五年ほど前の冬の夕方、Sさんが自宅の二階から何気なく外を見ると、隣の空地に人がいる。それも数人どころではなく、三十人あまりが空地にひしめいている。
背格好はバラバラで、金髪の若い男もいれば中年の女性もいるし、中には中学生くらいの女の子も交じっていた。
そしてみなそれぞれに竹箒を手にして、空地の地面を掃いている。しばらく雨がなかったせいで乾いた地面に、砂埃がもうもうと立っている。
なんであんな大勢で掃除してるんだろう。別にゴミが散らかっているようにも見えないけど。
空地を管理してる不動産業者がやってるのかな?
そうだとしても、あんなに大人数でやる意味がわからない。人件費が馬鹿にならないだろう。
疑問に思ったSさんは、下りていって近くで見てみようという気になった。近くを掃いている人を掴まえて事情を聞いてみるのもいいだろうと思った。
そうしてすぐに階段を下りて玄関でサンダルをつっかけ、外に出たSさんは目を疑った。
隣の空地に誰もいないのである。
箒を手にして空地を行き来していたあれだけの人数が、階段を降りて外に出るほんの十数秒程度のうちに姿を消していた。
家の前の通りを見ても、周囲の他の家を見ても、人の姿がない。
仮に、Sさんが外に出る間に全員が全速力で走り去ったというのならば、姿が消えたことの説明はつくかもしれない。だが、そうだとすればあの人数が一斉に駆けてゆく足音が聞こえないはずがない。外に出るまでそれらしき音は聞こえておらず、彼らが走り去ったとは考えられなかった。
しかし空地に目をやると、地面には箒で掃いたような筋が一面に見えていて、多数の足跡もそこに混じっていた。
確かにそこには少なくない人数の誰かがいて、箒で地面を掃いていたのだ。
かき消したようにその姿が見えなくなってしまったことだけが不可解だった。


今でもそこは空地のままだという。