見学

N君は高校入学後、バレー部に見学に行った。中学校でもバレー部に入っていたので、高校でも続けたいと思っていた。
バレー部が練習している体育館では壁際にパイプ椅子が十ほど並べられていて、希望者はそこに座って練習を見学するようになっていた。N君が行った時も椅子は半分以上埋まっており、その後も何人かが新たに椅子に座った。
しばらく練習を眺めてからふと気がつくと、並んだ椅子の一番端のひとつには中年の男が一人陣取っている。バレー部の顧問の先生だろうか。
しかし顧問の先生はネット際に立って部員たちにさかんに指示を出している。顧問が二人いるんだろうかと思ったが、Nさんもそれ以上は気にしなかった。
その数日後、N君は正式にバレー部に入った。
活動を続けるうちにわかったことだが、見学した時に端に座っていた男は顧問の先生ではなかったということだ。
練習を指導する先生の他に顧問はもう一人いるものの、そちらは女性だった。それどころか、あの時見た男は校内のどの先生とも一致しなかった。
じゃあ一体誰だったんだろう、と先輩たちに聞いてみても、そんな男は見ていないという答えしか返ってこない。
全く腑に落ちなかったが、高校生活の忙しさの中でN君はその件を忘れていた。


翌年の春、進級したN君は新入部員を迎える側になった。去年と同じように体育館の壁際にパイプ椅子を出しておくと、練習中にその椅子が埋まっていく。
ちょっとした拍子にそちらに目をやったN君ははっと息を飲んだ。パイプ椅子の端の一つだけが空いている。しかし見学に来た新入生の数人はそこに座らず壁際に立っている。
まるで端の一つにも誰かが座っているかのように。
どうしてそこに座らないのか、N君は新入生に尋ねる気にはとてもなれなかった。


その更に翌年の春、やはり端の椅子には誰も座らなかったという。