泥穴

初夏の日曜日、Sさん夫妻は庭の草刈りに追われていた。
共働きなので平日に庭の手入れをする余裕などなく、梅雨が開けてますます伸びるのが早くなった雑草は土日にまとめて刈り取ってしまわないと家の周りが草で埋め尽くされてしまう。
夫妻には小学一年生の娘がいて、その時は庭の隅で泥遊びをしていた。おもちゃのスコップで地面に穴を掘り、土に水を掛けてこね回しながら黙々と遊んでいる。
するとその娘が突然悲鳴を上げた。何事かと夫妻が駆け寄ると、娘は泥の中に右手を突っ込んだまま泣いている。
手が抜けないという。
泥に埋もれて手首から先は見えないが、穴の中で石かなにかを掴んでいるのだろうか。
何か掴んでいるなら離しなさい、と言ったものの娘は首を振る。
――掴んでいるのではなくて掴まれている。
大粒の涙を落としながら娘が叫ぶことにはどうもそういうことらしい。
掴まれているって、一体何に?
夫妻は首を傾げながらも、娘の体を引っ張った。
しかし娘の腕は泥にがっしりと捕らえられているのか、ちょっとやそっとの力ではびくともしない。
二人がかりで数分間踏ん張って、やっと娘の腕は勢い良く泥から抜けたが、その瞬間。
娘の手首に、泥が細い手のような形になって幾つもまとわりついているのが見えた。
しかしすぐに泥の手はボロボロと崩れて落ち、地面の泥に混ざって区別が付かなくなった。
そんなことがあったので、夫妻は娘に泥や土で遊ばないよう言い聞かせた。
娘の右手首には細いものが巻き付いたようなミミズ腫れが赤く幾重にも付いており、それは半月ほど消えなかったという。