Wさんは両親が共働きだったので、小中学生の頃は学校から自宅ではなく祖父母の家に行き、母か父が迎えに来るまでそこで過ごしていた。
祖父母の家ではまず宿題を済ませると夕食まで暇なので、裏庭で遊ぶのがいつものことだった。
裏庭の隅には井戸があったが、もう使われていないようでコンクリートの重い蓋がしてあり、更にその上に大きめの漬物石のような丸い石がひとつ置いてあった。小学生の力では揺らすのがせいぜいというような重い石だ。
コンクリートの蓋だけでも十分なのに、なぜその上にわざわざ重い石を載せておくのだろうと、Wさんはそれを見るたび不思議に思っていた。
小学六年生の頃のある夕方、Wさんがいつものように裏庭で遊んでいると突然すぐ近くで大きな音がした。
水面に大きなものが落ちた音だ。
あっ、井戸に何か落ちた!
咄嗟にそちらに目を向けたWさんだったが、井戸の蓋はいつも通りそこにある。
蓋が開いていないのに、何が落ちたんだろう。
首をひねったWさんは、すぐに異変に気がついた。蓋の上の石が無くなっている。
井戸の周りを見回してもどこにも見当たらない。
つい先程裏庭に出た時には確かにそこに石があったのを見ている。となれば、井戸に落ちたのはあの石なのだろうか。
しかしコンクリートの蓋は割れたり穴が開いたりしていないし、動かされてもいない。誰かが蓋を動かせば、近くにいたWさんにはわからないはずがない。
どうやって石が落ちたんだろう?
Wさんはコンクリートの蓋の下を覗き込んだりしたものの、井戸筒との間には隙間らしい隙間もない。
蓋をずらして中を覗けないだろうかとも思ったが、Wさんの腕力ではコンクリートの蓋はびくともしなかった。
これはどういうことだろう。少しの間腕組みして考え込んだWさんだが、結局何もわからないのでとりあえず祖父母に報告することにした。
そうして井戸に背を向け、裏庭から立ち去ろうとしたその時、また大きな音が聞こえた。
重いものがぶつかったような鈍い音で、はっとして振り向いたWさんは目を疑った。
井戸の蓋の上にあの丸い石が戻っている。しかも、たった今落ちてきたかのようにグラグラと揺れていた。その表面が濡れていて、揺れに従って夕方の赤い光を反射した。
……落ちてきた? どこから?
井戸のすぐ近くには木も建物もない。上から誰かが石を放り投げるようなことができるとは思えない。
濡れている所を見ると、やはり井戸に落ちたのはあの石なのだろうか。だが蓋は開いていない。どうやって石が井戸から出てきたというのか。
ますます不可解だったが、もうどう解釈していいかわからなかったWさんは急いで祖父母にこのことを伝えに行った。
だがあまり本気にはしてもらえず、ただ井戸の周りで遊ばないように注意されただけだったという。