屋台

主婦のNさんが中学生の時のこと。
二月のある夕方、学校帰りに一人で歩いていたNさんはふと違和感を覚えて立ち止まった。
そこは民家のブロック塀に挟まれた細い路地だったが、その塀の曲がり角の先がなぜか妙に明るい。
首を伸ばしてその先を覗き込むと、なんとそこには祭りの時のように屋台がずらりと並んでいる。
金魚すくい、くじ引き、りんご飴、たこ焼き、焼きそば……。路地を挟んで左右に屋台が並び、その上に吊るされたいくつものランプが夕暮れの闇に皓々と光を放っていた。ドドドド……、と発電機の音も響いている。
幼い頃から祭り好きのNさん、それを見るなり引き寄せられるように路地に足を踏み入れそうになったものの、すぐに思いとどまった。
屋台に人の姿が全くないのだ。店番も客も誰一人いない。
そもそもそんな時期に祭りなど心当たりがない。町の祭りは八月だけだ。
一体これはなんなのだろう、と屋台をもっとよく見ようと目を凝らしたその瞬間、視界がふっと真っ暗になった。
目が慣れてみるとそこはいつもの狭い路地で、屋台など影も形もない。
ぞっとしたという。
その日はその路地を避け、遠回りをして帰宅した。


高校生になったNさんがまた春先に学校から帰る途中のこと。
その時は友人と一緒だったが、話しながら歩いているところで急に友人が「あれっ」と訝しげな声を上げた。
そのまま友人はNさんを置いて小走りに駆けて行き、曲がり角のところで立ち止まってから何やら驚いた顔をした。
そしてこちらを振り返り、手を挙げてNさんを呼ぶ。
「ねえ、早く!」
一体なんなの、とNさんも小走りになって追いつくと、友人は声を弾ませて言った。
「こんな所でお祭りやってるよ!」
そういって友人が指し示した先には暗い路地があるだけ。
何にもないじゃない、とNさんが言うと「あれ?おかしいな、今ここに屋台がさあ、たくさん並んでたのに……」と友人もしきりに首を捻っている。
その瞬間、Nさんの脳裏に中学生の時に見たものが蘇った。それまで忘れていたくらいだから友人にもそのことを話したことなどなかったのだが、あれと同じものを友人も見たのかとNさんは驚いたという。