屋根の上

東日本大震災から半年ほど後の話だという。
休日にUさんが二階のベランダで布団を干していると、通りを挟んで五軒ほど向こうの家の屋根に、誰かが座っているのが見えた。
屋根のてっぺんにまたがるようにして、短髪の男性らしき人影が座っている。
付近には震災で瓦が落ちた家が多く、その頃はまだ瓦の落ちた屋根にブルーシートを被せてある家も沢山あった。
ようやく屋根の修理を始める家も増えてきて、屋根の上で職人が作業をしている光景もよく見られた頃だったので、その人影もそういうものだと思い、大して気にしなかった。
掛け布団に続いて敷き布団も干して、落ちないように布団ばさみで挟んだところでふと視線を上げると、まだ屋根の上に人が座っている。
だが場所が違う。先程は五軒先の屋根に乗っていたはずなのに、今はその手前、四軒先の屋根に乗っている。
勘違いか、とも思ったが屋根の色も形も違うので、見間違えたとも思えない。
屋根同士の距離も離れているので、移るには一度降りてからまた登らないといけないはずだ。
目を離していたといっても、せいぜい布団を干す程度の時間なので、たかだか一分か二分くらいの間だ。そんな短時間に、移動できるとは思えない。
そもそも屋根職人であれば、仕事中に別の家の屋根に移るなどということは考えにくい。
すると泥棒か何かか?
気になったUさんは、もっと近くに行って確かめてみようという気になった。
しかし一階に下りてから四軒向こうの家を見てみると、屋根の上には誰の姿もない。
薄気味悪い思いのしてきたUさんは、その家の前まで行ってみる気も失せてしまった。
それでひとまずお茶を入れて、テレビでも観て気分を切り替えようとした。
――きっと泥棒なんかじゃない。泥棒が日中に悠長に屋根に座っているはずがない。
そう考えながらテレビを観ているうちに時間が経った。
昼食も済ませてもう布団を取り込もう、と二階に上がる。
するとまたすぐに屋根の人影が気になって、つい先程の屋根に視線が向いた。
誰もいない。
やはり気にするほどのことではなかったのだ。屋根を移ったように思ったのもただの気のせいだった。
自分の神経質さが急に滑稽に思えてきて、苦笑いしながら布団を取り込もうとしたその時、思わず息が詰まった。


二階のベランダに干してあった布団に、白く乾いた泥で、二つの手形がべったりと付けられていたのである。
Uさんの手よりも大きかったという。