花輪

Mさんが大学生の時の話。
親元を離れて下宿していたMさんは、連休を利用して帰省することにした。
電車を乗り継いで最寄の駅に着いた時には午後四時を回っていて、日が傾いていたという。
駅から家に向かって歩いて、家がもうそろそろ見えてきそうな頃、向こう側から黒服を着た数人が歩いてきた。
どれも知らない顔だったが、どうやら喪服のようである。
ひょっとしたら、実家の近所で不幸でもあったのかもしれない。
そんなことを考えながら家が見えるところまで来ると、何やら大きなものが門の前に置いてある。
花輪だった。
思わず駆け寄ったが、白い造花で飾られた大きな円盤の中心に「弔」という文字が見える。
紛れもない葬儀用の花輪である。
しかも、下の部分には「子供一同」と大きく書かれた紙が張ってあった。
俺の家で葬式!?そんなこと聞いてないぞ!誰の葬式だよ!?
慌てて家に駆け込んだが、どうも葬儀という雰囲気はない。
そもそも、人の姿がないのである。
弔問客は帰っていったとしても、親戚の数人くらいいるはずだと思った。
誰かいないの?
玄関でそう声をかけると、母親が奥から出てきた。
あら、おかえり。
そう笑って言った母親は普段着のままで、やはり葬儀や通夜の最中には見えなかった。
あの花輪、何?
Mさんがそう聞くと、母は首をかしげた。
花輪って何よ。
いや、そこにあるだろ、あの葬式のときに使うやつ。うち、葬式なの?
やはり母親は変な顔をしている。
お葬式なんてないよ。何、花輪?どこに?
いや、だから門のところに……。
そう言いながらMさんと母が見に行くと、あったはずの花輪が跡形もない。
何かの見間違いじゃないの、と母が言ったが、Mさんは確かに花輪を見ている。
あんな大きいもの、こんな数分間で片付けることができるのだろうか?
そういえば、と先程のことを思い出した。
さっき擦れ違った人達はどこに行ってたんだ?うちじゃないなら他に葬式の家があるのか?
Mさんは母に他の家の葬式について訪ねたが、心当たりは無いという。
結局なんだったんだ、と釈然としなかったが、久しぶりの実家だったので気分を切り替えて寛ぐことにした。


二時間ほど経って今度は父親が帰ってきた。すると、父は玄関で靴も脱がずに何やら血相を変えている。
あの花輪、何だ!?うちで何かあったのか!?
Mさんと母はぎょっとして外に出てみたが、やはり花輪など見当たらなかったという。
それから五年ほど経つというが、Mさんの家では別段葬式を出してはいない。