Tさんには幼い頃から頻繁に見る夢があったという。
夢の中でTさんは生まれたての赤ん坊になっている。産着に包まれているTさんを、若い女性が抱き上げている。
そこは古い家の大きな座敷の中で、周りには何人もの大人が座っている。
大人たちはみな揃って羽織袴を着込んでおり、そのうち半分くらいは皺くちゃの顔をした老人である。
Tさんは産着の中から大人たちを見回しており、大人たちの方も無言でじっと見つめ返してくる。
そうしているうちに、Tさんを抱き上げていた女性がTさんを布団の上に寝かせる。女性はそのまま立ち上がり、周りの大人たちをかき分けて出て行ってしまう。
その後姿を見ると、Tさんは悲しくて堪らなくなる。
女性に行ってほしくないのに、赤ん坊のTさんにはどうしようもない。
いつもそこで目が覚める。
Tさんは物心ついたころからずっと、週に一、二回程度はこの夢を必ず見ていたという。
夢に出てくる古い座敷も、周りで座っている大人たちも、Tさんを抱いていた女性も、みんな現実には見覚えがない。
しかしこの夢を見るのはTさんにとってごく当たり前のことだったから、夢というのは誰にとってもそういうものだとTさんは思っていた。また、小学生になる頃まではこの夢が自分の生まれた時の記憶だとさえ思っていた。
夢に出てくる座敷がどこなのか判らないことにふと気が付いて以来、その夢について疑問を持つようにはなったのだが、両親に聞いてもそんな古い家は知らないという。結局よくわからないまま、相変わらず同じ夢を見続けてTさんは成人した。
就職先で知り合った男性と交際を始め、二年ほど経ってから結婚することになった。
相手の実家に挨拶に行った時、通された客間の床の間に額が立てかけてあるのが目に入った。
額に入っていたのは大きな古い白黒写真で、立派な家の門の前で撮られた集合写真だった。聞くと、相手男性の祖父が生まれた時に一族で撮ったものだという。
しかしTさんはなぜか、妙にその写真に興味を引かれて仕方がなかった。
それ以来、Tさんは一度もあの夢を見ていないという。
あの古い写真を見たことがきっかけで見なくなったとしか考えられないが、どう関係があるのかはよくわからない。
ただ、見なくなってみると今度は無性にあの夢が懐かしく感じられるという。