釣針

Fさんという若い男性がバイクで事故に遭い、病院に担ぎ込まれた。
命に別状なかったものの、両腕と右脚を骨折する大怪我で、そのまま入院することになった。折った手足にはがっちりとギプスが施され、ほとんど身動きもできない状態だった。
満足に動かせるのは左脚のみで、食事以外にできることがない。医師からはなるべく明るい内は眠らないように言われたが、元々不規則な生活をしていたのでじっとしているとすぐに眠くなった。
しかしすぐに、眠るのが嫌になったという。悪い夢を見るようになったためだ。
夢の内容はいつも同じで、病室のベッドの上に寝ているところから始まる。夢の中では怪我などしていないのだが、なぜか身動きが取れない。
おかしいな、と思って首だけ起こして見てみると、無数の細い糸が体中に絡み付いている。
よく見てみると糸の先には釣針が結びついていて、それがFさんの服やら皮膚やら、至る所に刺さっているのだ。糸は部屋のあちこちから伸びていて、まるでFさんは蜘蛛の糸に絡め取られた昆虫のような状態になっている。
何とかしてこの糸を身体から外してやろう、ともがいてみるものの、糸は一向に外れない。そうしているうちにやがて部屋の外から大勢の人の足音が聞こえてくる。誰かが部屋に入ってくる前に外さなければ。そう考えているとドアが勢いよく開く。


いつもそこで目が覚めた。
この夢を見た後はいつも全身びっしょり汗をかいた。
――事故と怪我のストレスのせいでこんな夢を見るようになったのだろう。
Fさんはそう考えて、誰かに相談したりはしなかった。
十日経って、一番怪我が軽かった左腕のギプスが外されることになった。技師がギプスカッターで切り開いてゆく。するとギプスの中から何か細かいものがザラザラこぼれ出てきた。
看護師が拾い上げると、それは二センチほどの釣針だった。それが何個もギプスと腕の間に挟まっていたのである。Fさんの脳裏にあの夢が蘇った。釣針は全部で二十三個出てきた。
Fさんと看護師と技師は怪訝な顔を見合わせた。当然ながらギプスにはそんな物を入れたはずがない。後から誰かが入れたのだとしても、腕に密着した部分である。寝ていたとしても、Fさんが気付かないはずはない。いつそんな物が入ったのか、誰にもわからなかった。


その後、Fさんは糸と釣針の夢を見なくなった。右腕と右脚のギプスからは釣針は出てこなかったという。