九十/ 気配と場所

Kさんが勤める会社が大幅に模様替えした。
それまで入り口間際にあった席が壁際に移ったので、人の出入りに気が散らされることも少なくなるかと喜んだKさんだったが、そうも上手くはいかなかった。
机に向かって仕事をしていると、時折目の前にふっと人影が立つ。何だ邪魔だなと思ってふと視線を上げると誰もいない。周りの同僚も皆座っている。そんなことが何度も起こるようになったのだ。人影が立つといっても実際に姿が見えるわけではなく、何となく気配を感じたり、衣擦れの音がしたり、すっと視界に影がさしたりといった程度のことなのだが、どうにも薄気味が悪い。
しかし以前からそんなことが起こっていたという話も聞いたことがなかった。とは言っても模様替え以前に同じ場所に座っていた人が黙っていただけなのかもしれず、その人に聞いてみれば同じ体験をしているかもしれない。そう思って以前の席順を思い浮かべたKさんは、すぐに合点がいった。
模様替え前、Kさんの今の席の場所のあたりは仕切りで囲まれた休憩スペースで、丁度Kさんの席の場所にあったのは飲料の自動販売機だった。販売機の前に誰かが立つ様子が、今Kさんの机の前に立つ人影とぴったり重なるのである。
しばらくするとそういうことは起こらなくなったという。前の配置の名残がなくなったんだな、とKさんは思った。