さよなら、餡パンマン 第弐話

街に話が伝わってから更に明らかになったことには、今朝から食パンマンの行方も知れぬという。頼れる人物はこれで皆無といってよかった。
結局、2人のもたらした報は徒に街の住人達に恐慌を引き起こしたに過ぎなかった。
それも無理からぬ話で、既に悪意の源泉たる黴菌マンは滅び、原理的にはこのような不祥の事など発生する筈がないのである。しかし現実に事件は起こってしまった。被害者、加害者、経緯、詳細すべてが謎である。謎は人に不安を与える。その上、頼るべき餡パンマンらも行方が知れぬという。住人たちは餡パンマンの戦いの手助けをしたことこそあれ、己らのみの力で害悪に打ち勝ったことなど一度もなかった。
それでも何とかその日の午前中には対処がなされることとなった。直ちに学校は休みとなり、子どもたちは家から出ることを禁じられた。午後には成年男性たちにより寄合が開かれ、いくつかの方策が決まった。周辺への連絡、自警団の結成などである。
調査の結果、餡パンマンら3人の他に行方が知れぬ者は誰一人いなかった。そのことから、この屍体は3人の誰かなのではないか、という推測がなされた。しかしどうしても屍体の身元は特定できなかった。
屍体は翌日山中に葬られた。墓標には名前は刻まれなかった。


何も事実が明らかにならぬまま2日経ち、半ばヒステリックに自警団により山狩りも行われたが、何も出なかった。
そして1週間が過ぎても、何も判明せず、3人のパンマンも行方不明のままである。結局のところ、屍体が1つ。失踪者が3人。誰も考えたくはなかったが、誰もの脳裏にある考えが過ぎった。

――失踪した3人のうち、1人を残る2人が殺害し、姿を晦ましたのではないか。

――屍体の首と着衣を持ち去ったのは、3人のうち誰が死んだのか判らなくさせ、嫌疑を絞り込ませない為ではないか。

ひと月経つ頃には、それは皆の共通認識となった。英雄たちは、乱心の末姿を消したのだということになった。
仲間を殺害したのみならず、隠蔽工作まで行ったのは英雄にあるまじき卑劣な行為である。言葉にしないながらも、皆そう思っていた。
自然と英雄たちについて口に出すことははばかられるようになった。



この事件で人々は痛感した。平穏を脅かす原因は一つではないのだということを。常に助けがあるのだとは限らないのだということを。平穏は己らで保たねばならぬのだということを。
そして警察機構が生まれ、法整備が成されてゆくこととなる。
やがて、英雄の存在そのものが忘れられていった。