黒いボール

Wさんが商談で宇都宮に行ったときのこと。
相手のオフィスはビルの六階にある。エレベータを降りて廊下を進んでいくところでふと窓の外に目をやった。
隣のビルの屋上が眼下に見える。そこに黒いボールがひとつ、ポンポンと弾んで横切っていく。
屋上に人の姿はない。死角にいる誰かが投げたのだろうか。
視線を戻そうとしたところで、ボールが弾みながら進む方向を変えた。見えない何かに弾かれたか、あるいは意思を持っているかのように。
なんでだ?
思わず足を止めた。
そもそもあれは何のボールだろう。よく跳ねるが、きれいな丸ではなく歪な形をしている。
そう思いながら見下ろしているとボールの表面がブワッと広がった。髪の毛だ。
ボールではない。
広がった髪の間に泥だらけの顔があった。首だ。
嘘だろ、と目を凝らしたところで首は屋上のまわりの柵を跳び越えていなくなってしまった。

 

商談は何とかまとまったが、ずっとあの首が気になって仕方がない。
Wさんは帰りにあの屋上とビルの周囲を見回したが、どこにもそれらしきものは見当たらなかったという。