蕎麦幽霊

Mさんの実家の近くにある公園には、幽霊が出るという噂があるという。
通称「蕎麦幽霊」と呼ばれるその幽霊は、公園のどこかに現れて蕎麦をすするような仕草をするらしい。
体つきは男性のようなのだが、顔のあたりはいつも暗くてはっきり見えないのだという。
Mさんはそれらしきものを見たことがある、という。
彼女が高校生の時のことである。
その公園は団地のアパートに囲まれた谷間のような位置にあり、Mさんの通学路からは少し外れた場所ではあったが、友人の家や買い物に出かける時などはよくその近くを通っていた。
ある時公園脇の道路を歩いていると公園のベンチに灰色のスーツ姿の男が座っているのが見えた。
こちらからは斜め後ろ姿しか見えなかったが、どうやらうつむいたまま何か食べているような動きをしている。
Mさんも蕎麦幽霊の話は知っていたが、はっきり姿が見えるのでその男が幽霊とも思わなかった。
単に公園で誰かが食事をしているのだと思いながら通り過ぎた。


しかし次に同じ場所を通った時、やはりあれは幽霊なのではないかと思ったのだという。
その時も前回と全く同じで、灰色のスーツを着た男が公園のベンチに座っていた。
今度は男がこちら側を向いて座っている。
やはり蕎麦をすするようにうつむいて手を動かしているのが見えた。
だが。
正面から見て初めてわかったのだが、男は手に何も持っていなかった。
蕎麦も箸も。前回もそうだったのだろうか。
別に物陰になっているわけでもないのに、顔のあたりが陰になったように暗くなっていてはっきり見えない。
それでMさんは初めてその男が生身の人間ではないのではないかと疑ったのだという。
急に不気味に思えて仕方がなくなったMさんはとても近寄ってみようとも思えず、足早にそこを立ち去った。
それ以来その公園の近くを通らなくなったのだという。
後になって考えてみれば幽霊と思ったのは気のせいで、単にサラリーマンがベンチで休憩していただけかもしれなかった。
ただ、今でも時折その公園で蕎麦幽霊が出た、という噂を聞くことがあるのだという。