赤いスーツ

Oさんが友人と山歩きをした時の話。
気の合う仲間同士で隣県のハイキングコースをたどったのだが、ふたつほど峠を越えたところで辺りに少し霧がかかってきた。
少し心配だったが、大して濃い霧でもなかったので、見通しが悪くなるほどではない。
問題ないと判断してそのまま歩き続けた。
それから少しすると道の向こうから赤い服を着た人影がこちらに歩いてくる。
派手な色だなあと思いながら歩いていたが、近づいてゆくにつれてその姿がはっきり見えてきて、それがひどく場違いな格好であることがわかった。
その人物は若い女性だったが、真っ赤な色をしたスーツとタイトスカートを着ているのである。おまけに足元もハイヒールだった。
更にはリュックはおろか、何の手荷物すらも持っていない。
それほど険しくはないハイキングコースとはいえ、車道まで四、五キロメートルはあるはずだ。
そんな軽装で歩いていられるような場所とは到底思えない。
女性はOさんたちに軽く会釈しながら、ヒールの音を鳴らして悠然とすれ違っていった。
呆然としてその後姿を見送っていると、十メートルほど離れた辺りで急に女性がグラっと体勢を崩した、ように見えた。
あんな靴を履いてるから、などと思う間もなく、そのまま女性の上半身がポロッと取れて道の脇の斜面を転がり落ちていった。
道に残った下半身は、そのまま何事もなかったように歩いてゆき、すぐに木々に隠れて見えなくなってしまった。
Oさんたちは慌てて女性の上半身が落ちていった辺りに駆け寄ったが、下には細い川が流れているだけで他には何も変わったものはなかった。


霧はそれから急に晴れていったという。