Nさんという男性が自宅の電子レンジを捨てた。
壊れたわけではない。
家に置いておくのが嫌なのだという。
新しいものを買うつもりもないらしい。
聞けば、こんなことがあったのだという。
休日に彼女と二人で山へ出かけた。
登山というほどのものではなくて、整備された遊歩道沿いに景色を楽しみながら散策するのが目的だった。
観光地として有名なところでもないので、休日でも人の姿は疎らで、気兼ねなくのびのびと時間を過ごしたという。
しばらく歩いていると、遊歩道から外れた森の中から「ピーッ、ピーッ」と電子音が響いてきた。
そんな自然の中では不似合いな音で、疑問に思った二人は音のした方に視線をやった。
すると少し離れた辺りの地面に、白い箱が置いてある。
目を凝らしてみると、電子レンジのようだった。
あれが鳴っていたのか。
納得しかけたが、まだ疑問が残る。
そもそもなぜこんな山の中に電子レンジが置いてあるのかもわからないが、それだけではない。
電源が近くにないのである。
電子音が鳴ったからには、あの電子レンジには電気が通っているはずなのだ。
しかし遊歩道には街灯もない。
一体どこから電源を取っているのか?
無性に気になったNさんは、電子レンジに近寄ってよく見てみた。
少し埃っぽい他は何の変哲もない電子レンジだったが、やはりその場所には似つかわしくない。
背面を覗きこんで電源コードを辿ってみようとしたが、プラグはどこにも刺さっていないで地面に伸びていた。
それでは先ほどの電子音はこの電子レンジのものではなかったのか。
しかし他にそんな音のしそうなものも見当たらない。
どうにも納得がいかないので何やら薄気味悪くもなってきて、Nさんはそれを紛らわせようとして何となく電子レンジの扉を開けてみた。
「話せるのはここまでです」
と、彼は話を唐突に打ち切った。
電子レンジの中には何が?と尋ねると、Nさんは表情をこわばらせた。
「それはもう本当に思い出したくないくらいなんです。もうあれ以来何もかもうまく行かなくなって……」
今では電子レンジ自体見たくもないです、と彼はいう。