会社員のNさんは、休日でも必ず午後三時から五時くらいにかけて外出するという。
彼が今住んでいるアパートに引越してきたのは二年前のことである。
民家の二階を改造した2DKの部屋で、駅から少し距離があるために家賃も格安だった。
日曜日に引越しをして、その次の日曜日のことである。
特に予定も無かったNさんは、午前中に日用品を買いに行き、午後はアパートでゆっくりしていた。
お茶を飲みながらテレビを見ていると眠気が湧いてきたNさんは、畳の上で横になってうとうとしていた。
すると、玄関のドアが開く音と共に「ただいまー」という元気な声がした。
低めの女性の声だったという。
Nさんは一人暮らしで、誰かが訪ねてくるという予定もない。
声を聞いて慌てて跳ね起きたNさんだったが、目をやると玄関は開いていないし、誰の姿もない。
居眠りして寝ぼけたのか。それにしてもリアルな感覚だったな。
その時は、それ以上気にもしていなかった。
それから二週間後の祝日のこと。
午後、またNさんが部屋でのんびりしていると玄関から音が響いた。
ガラッ。
「ただいまー」
弾かれたように玄関に目をやったNさんだったが、扉は開いていないしやはり誰もいない。
瞬時に、Nさんの脳裏に二週間前の記憶が蘇った。
あの時と同じ声だ。あれは夢じゃなかった。
一階や隣の部屋の玄関はNさんの部屋の玄関と離れた位置にあるので、違う部屋の声を聞き違えるはずはない。
その後も、Nさんが部屋にいるときにその声はたびたび聞こえた。
規則性があるのかないのか、日によって声は聞こえたり聞こえなかったりした。
もしかすると仕事で家を空けているときもあの声はしているのか?
そう考えると不気味にも思えたが、特に実害はないので気にはしないことにした。
ただ、そうは言ってもやはり誰も居ないところから突然声がするのは気分が良くない。
なぜか声が聞こえるのは決まって午後四時前後なので、必ずその時間帯には家を空けるようにしたのだという。
そうして、今でもNさんはその部屋に住んでいる。
「おかえり、って返事してみたらどうですか?」
私がそう言うと、Nさんは苦笑いした。
「それで何かが本当に入ってきたら嫌じゃないですか」