九十六/ 二人目

また、こんなこともあった。
ある日、Sさんが朝練をしようと音楽室に行くと偶々一番乗りだった。しばらく一人で練習していると、パッと扉が開いてトランペットのOさんが入ってきた。Sさんが挨拶すると、Oさんもおはよう、と言って奥の部屋へ入ってゆく。やがて部屋の中からトランペットの音が聞こえてきた。
奥の部屋というのは、音楽室の入り口の反対側にある小部屋のことで、普段は教材や楽器の置き場として使われているが、吹奏楽部の練習場所としても使われていて、部内では練習室と呼ばれていた。
トランペットの音が断続的に聞こえてくるのをぼんやり聞きながら、Sさんもそのまま練習を続けていたが、ふとトランペットの音が止んだのがわかった。そして次の瞬間、音楽室の扉が勢いよく開いた。そこで入ってきた人物を見て、思わずSさんは「えっ!?」と声を漏らしてしまった。何気なく入室してきたのは、奥の練習室で楽器を吹いていたはずのOさんだったのである。
「え、今あっちで楽器吹いてたよね? 」反対側の練習室を指しながらSさんはそう聞いたが、Oさんは不思議そうに答えた。
「あたし今来たばっかりなんだけど」
見ればOさんは自前の楽器を手に持っている。Oさんは毎日楽器を持ち帰っているのだ。ならばさっきの音はOさんの楽器の音ではなかったのだろうか。さっきは他の誰かをOさんだと思い込んでしまっていただけなのだろうか。
納得できずに、SさんはOさんと一緒に練習室へと入ってみた。しかし中には誰の姿もないし、隠れられるようなところもない。音楽室自体が特別棟三階の端に位置しているので、その奥の練習室は角部屋になっている。閉まったままの窓は小さく、抜け出せるほどの大きさはないし、たとえ抜け出せたとしても、反対側の音楽室入り口まで伝って来られるような手がかりは校舎の外壁にはないのだ。Oさん自身が練習室を密かに抜け出して、何食わぬ顔で音楽室に入ってきたとは考えられない。
しかし一人目のOさんは全く普段と異なるところがないように見えたし、二人目のOさんが入ってくる直前まで確かにトランペットの音はしていたのである。
この話は部内でも話題となり、Oさんはその後しばらく気味悪がって練習室を使おうとしなくなった。