九十三/ 瞬間、お地蔵様

Yさんが車にはねられた。十メートル以上跳ね飛ばされて、そのまま勢いよくアスファルトの上に叩きつけられたという。
すぐに病院に運ばれたが、随分勢いよく跳ね飛ばされたわりには目立った外傷が不思議なほどない。気を失っていたもののすぐに意識を取り戻した上、検査の結果、頭や内臓にも特に異常は見られなかった。
要するに、ほぼ無傷だったのである。


Yさん自身も事故にあった瞬間のことをはっきり覚えていた。
突然右半身に強い衝撃を感じた次の瞬間、Yさんは宙を舞っていた。視界がスローモーションで流れてゆく。実際に跳ね飛ばされていたのはほんの一秒程度だったはずだが、地面に打ち付けられるまでの時間が非常に長く感じられたらしい。
(あ、これはまずい)
妙に冷静に判断したが、その時目に入ってきたものがあった。
それは道端にずらりと並ぶ、石のお地蔵様だったという。
そこは街中で、それ以前にも何度も通ったことがあった。しかしそんなものを見たのは初めてのことで、あんなものがあったかな、と不思議に思ったという。
記憶はそのあたりで途切れている。


意識を取り戻してから、このお地蔵様について人に話してみたが、誰もがそんなものは事故現場には無かったと言う。後でYさん自身事故現場を訪れた時も、そんなものは影も形もなかった。
この話を聞いた人は皆、事故のせいで記憶が混乱しているんだろうと言うが、Yさん自身は確かにあれはお地蔵様だったと譲らない。そればかりでなく、奇跡的に無傷だったのはお地蔵様のお蔭ではないだろうかとも思っている。だから、それ以来Yさんは近所のお寺のお地蔵様へ頻繁にお参りに行くようになったという。