九十四/ ループ

趣味で絵を描いているHさんは、その日街角でスケッチをしていた。
もう二時間ほど同じ場所に陣取っていたが、ふと気付いたことがあった。何回も同じ人が目の前を通っていくのである。
その人は自転車に乗った中年女性で、見たところ特に変わった所のないおばさんなのだが、どうもHさんの視界を何度も横切ってくる。それも、目の前を往復するのではなく、いつも同じ方向にしか行かない。気のせいかとも思ったが、注意して見ているとやはり同じ人がまた通ってゆく。Hさんの視界の左端にある角から曲がってきて、右端の信号を渡って見えなくなる。
理由はわからないが、恐らく同じところをぐるぐる回っているのだろう。Hさんはそう結論してスケッチを続けた。
だが薄暗くなってきてHさんが帰ろうとした時、彼は発見してしまった。中年女性が決まって登場していた、視界の左端の曲がり角。Hさんが帰り際に覗いたこの路地は、すぐに袋小路になっていたのである。
――あの中年女性は確かに何度もここから出てきていた。しかし、ここに入ってゆく姿は一度も見なかった。
Hさんはゾッとして、それ以上考えないように、そしてあまり周囲を見ないようにしながら足早にそこを立ち去った。もう一度あの中年女性が視界に入ってきたら、と思うと怖かったという。