八十七/ プール掃除

Tさんは高校生の時、水泳部に所属していた。初夏になると、冬の間使われていなかった学校のプールの掃除をするのが水泳部の恒例行事だった。
Tさんが三年生時のプール掃除のときのことである。
よく晴れた暑い日の放課後だった。プールは前年の夏以来水を抜いてあって、カラカラに乾いている。そこでホースで水を流しながら、デッキブラシで底や壁面を磨いてゆく。
ふと、一年生の男子部員が二人、威勢よくデッキブラシをかけながら揃って走っていった。はしゃいでいるようなので少し注意しようとTさんが顔を上げると、二人は目の前で足を滑らせて転んだ。そして彼らがプールの底に倒れた瞬間、なぜか大きな水しぶきが立った。
二人はびしょ濡れの顔を拭うと、呆然としている。何が起こったのかわからないのは、Tさんを始めその場にいた他の部員も同様だった。ホースで水を流しているとはいえ、彼らの足元にはうっすら水が溜まっている程度で、そんなに大きく水しぶきが立つはずはないし、尻餅をついたとしても彼らのように全身水浸しになることなどあり得ないのだ。
皆、狐に摘まれたような顔をしたが、とりあえずびしょ濡れの二人は着替えさせて、掃除は続けられた。後に彼らが語ったところによれば、転んだ瞬間だけプールになみなみと水が入っているような感じだったという。
その後の作業は滞りなく進んで、無事その年もプールを使えるようになった。