八十八/ 川沿いのビル

Uさんの住んでいる町に、数年前まである廃ビルが建っていた。もと観光ホテルだった建物で、川沿いに建っており眺めもよく、開業当時はそれなりに繁盛していたというが、それももう三十年ほど以前の話らしく、Uさん自身が知っているのは既に朽ち果てつつあるビルの姿だけだった。周りは民家が多く、高い建物がない中にあった七階建てのビルなのでそれなりに目立つ存在だったが、取り壊されることが決まった頃には誰も近寄らず、薄汚れた灰色のビルの周りに打ち捨てられたポットやテレビなどが散乱して、近隣住民からも大層不気味に思われていたという。
このビルが壊された後には、市内でも二番目に大きい病院が建った。大通りから少し入った静かな立地で、川に臨んでいるため見晴らしもよく、なるほど病院としては中々気持ちのいい場所なのである。しかし、じきにここの入院患者の間である噂が立った。時折、病院の窓越しに取り壊されたはずのビルが見える、というのだ。
Uさんも一時期ここに通院していたことがあるというので、聞いてみた。
「その噂のビル、見たことありますか? 」
「いや、私は入院してなかったせいか、見ませんでしたね。ただ、ドアが増えてたことならありました」
「それはどういう? 」
「待合室から見える廊下に時々、ドアが増えてるんです。気のせいかとも思ったんですけど、毎回診察まで待ち時間が長かったんで、暇つぶしにドア数えてたりしたんです。だから間違いないと思う。
他のより小さめのドアがね、廊下の角のところに時々できてるんですよ。近寄ってみたことなかったから、それ以上のことはわかりませんけど」