自分が時々味わっている感覚が「不思議の国のアリス症候群」と言われるものだと最近知りました。
なので散歩しながら「チャンピオン」を歌っていたら目が合った近所の猫にいやな顔をされた。

ずっと俺のターンになるのがなにより読者として厭なので百物語のほうは自粛します。
百物語が終わらないうちは夏も終わらないので皆さんどんどん騙ればいいのに。

四十三/ 蚊

ある夏の夜のこと。
Iさんは右腕に蚊が一匹とまったのを見て、グッと腕に力を入れて口が抜けないようにした。
見る見るうちに蚊の腹部が膨れてきたので、頃合と思い左の手のひらを叩きつけた。
その瞬間、予想もしなかった水音が響き、左手のひらと右腕の間から真っ赤な液体が飛び散った。
まるで水風船を割ったかのように勢いよく飛び散ったそれは、色といい鉄臭さといい間違いなく血液である。
飛沫はIさんの胸や顔面まで飛び散っていた。
ゆうにコップ一杯はあろうかという血が滴っている。
いくらなんでも蚊を一匹潰しただけでこんなに血が出るはずはないし、自分からこれだけ出血しているとも思えない。
混乱しつつ自室を出たところで母親にばったり会った。
「あんた何したんそれ!?」
血相を変えて聞かれたが「さあ……?」としか答えようがない。
ともかくも血を洗い流すと、別段傷もない。
数分してから蚊が止まっていた場所が僅かに痒くなったくらいだった。


それ以来、Iさんはなるべく蚊を潰さないようにしているという。

四十四/ 海水浴客

Kさんが学生の頃、友人数人と泊りがけで海水浴に行ったことがあった。
最後の晩に花火をすることになり、皆で砂浜に繰り出した。
夜の砂浜は他に人影もなく、思う様はしゃぎまわることができた。

帰ってから数日後、撮影役をしていた友人から連絡があった。
撮ったビデオや写真を見てほしいという。
同行した友人皆で集まることになった。
撮影役の友人は集まった皆に「ちょっと先にこれから見てほしいんだけど」と言ってビデオを再生した。
どうやら花火のシーンである。
だがすぐに違和感を持った。
――これは先日の旅行のビデオではないのではないか?
そう思ったのも、そのシーンはKさんの記憶と大分食い違っていたのである。
ビデオは花火をする皆を数メートル引いたところから撮っている。
花火を手にはしゃぎまわる彼らの周りには、なぜか水着姿の海水浴客が沢山映っている。
男女問わず、歩き回ったりシートの上にくつろいでいたり、それだけ見れば自然な海水浴のワンシーンである。
暗くさえなければまるで昼間の同じ場所のようだ。
しかし前述のように、あの時には砂浜には彼らの他誰もいなかったはずだった。
第一こんなに人がいる場所で花火などできるはずがない。
ビデオが終わって、撮影者の友人が「どう思う?」と聞いてきても、誰も何も言えなかった。