ごめんさない

Uさんが高校生の頃のことというから十五年ほど前である。
学校から帰る途中、見慣れないポスターが目についた。道端の電柱のちょうど目の高さあたりにA4サイズくらいの印刷物が貼られている。
人の写真に重ねて大きな文字が横書きで並んでおり、初めは政治家のポスターかと思ったが、そうではないとすぐにわかった。
人物は首から腰までしか写っていない。グレーのスーツを着た女性のように見える。その腹を横切って、大きく太い字で「ごめんさない」とだけ書かれている。
顔を写さず名前も載せない政治家ポスターがあるはずもない。では何のポスターだというのか。
近寄って眺めてみると、印刷はちゃんとしている。コピー用紙に家庭用プリンターで印刷したものではなく、市販のポスターやカレンダーのように光沢のある紙に綺麗に細かく印刷されている。恐らくはちゃんとした業者に印刷してもらったものだろう。悪戯にしては金をかけている。
作りがしっかりしているだけに、内容の意味不明さが気になる。制作した団体あるいは個人名などの記載は一切ない。連絡先も書かれていない。
文面も何に謝っているのかわからないし、そもそも「ごめんなさい」になっていない。
何のためのポスターなのか、見当がつかなかった。
変なの、とUさんは持っていた携帯電話で写真を撮り、同じクラスの友人にEメールで送信した。返信はなかったので、翌日までこのことについては思い返すことはなかった。
翌朝、その友人は学校に来なかった。身内に不幸があり、二日ほど休むということだった。昨日メールが返ってこなかったのもそのせいかと納得したUさんだったが、それならと他の友人にもあのポスターを見せてやろうと携帯をいじってみて、おかしなことに気付いた。
昨日撮ったあのポスターの写真が見当たらない。消した記憶はないのに。
送信したメールに添付したほうも消えているのだろうかと確かめてみると、送信したはずのメール自体が見当たらなかった。
どういうことだろう。変なポスターを見たことからメールを送ったことまで夢だったのだろうか。
そこでUさんはその日の帰りにもう一度、あのポスターを探してみたのだという。


どうだったんですか、と尋ねると、Uさんは軽く何度か頷いた。
それがあったんですよ、ポスター。夢でも何でもなかった。前の日と同じところに貼ってありました。
だからもう一度携帯で写真を撮ろうとして――。
今度は撮らなかった。また消えるんじゃないかとも思ったけど、それだけじゃなくて。
もしかしたら、あいつが、あの友達が休んだのは、あの写真を俺が送ったからじゃないかと――そんなことがふっと頭に浮かんできて。
もちろん、それは思いつきでしかないんですけど。
でもその時は、なんだか急に恐ろしくなってしまって。そう思うとそのポスターも怖くなってきて。
ポスターに写ってないはずの顔が、じっとこちらを見てるように思えたんです。ポスターを眺めている人間をどこかから観察している。
もうこんなもの見るのはやめようと慌ててそれを視界から外して、急いで帰りました。
その後もしばらくの間は同じ場所に貼られていたみたいですけど、もう見るのも嫌だったのでそこを通るときはいつも目を反らしてました。
後から思えば何であんなに嫌だったのか、不思議なくらいなんですけど。
卒業する頃にはもう貼ってなかったように思いますけど、いつ無くなったかはちょっとわからないです。いつの間にか無くなってて。
ああ、休んでた友達は葬式が終わってから普通に来るようになりましたけど、メールのことについて聞いたらそんなの来てないって。
やっぱり、って思いましたね。
届いてないっていうか、届いてないことになったんだろうなって。送信した事実がなくなってたんで。