Bさんが高校三年生の秋のことだという。
夜中に受験勉強をしていたところ、ふと喉がカラカラになっていることに気付いた。
喉が渇いているばかりでなく、なんとなく体が火照っている。時刻は午前一時近くになっていた。喉の乾きも忘れるくらい熱中していたらしい。
何か冷たいものでも飲もうと思って台所に行ったが、冷蔵庫にはお父さんのビールくらいしか飲み物が入っていない。アイスクリームか何かないかと思ったが、冷凍庫にもおかず用の冷凍食品が詰まっているだけだった。
水道水で済ませるには何だか物足りない。気分転換も兼ねて何か買いに行くか、と寝ている両親を起こさないように静かに玄関を出て、自転車で五分ほどのところにあるコンビニに向かった。
深夜に家を抜け出して買い食いするのはこれが初めてではなかったが、いくばくかの罪悪感と高揚感が綯い交ぜになった不思議な興奮があった。
何を買おうか候補を思い浮かべながら駐車場の隅に自転車を駐めて、店に入ろうとしたところでちょうど中から誰か出てきた。
横に避けながら何気なくその人の顔を見ると、よく知った顔だった。
家で寝ているはずの父だ。
驚いてよく見たものの、やはり父に間違いない。
父はBさんに気付いていないのか、すれ違っても何の反応もせずにそのまま歩いていく。そしてその腕には、知らない赤ン坊が抱かれていた。どこの子だ?
親に黙って真夜中に買い食いしようとしている後ろめたさと、父の登場があまりに意外だったことが重なって、つい無言でその姿を見送ってしまったBさんだったが、すぐに父に問いただそうと思って後を追いかけた。
父はコンビニを出てすぐそこの角を曲がった。ちょっと待って、と言いながらBさんは同じ角を曲がったが、父の姿が見えない。
住宅街のまっすぐな道路が点々と街灯に照らされていて、誰の姿もない。
遠くで犬が吠える声がした。
どこに行ったんだろう、よく似た別人だったのかななどと思いながらコンビニに戻ったBさんは、アイスクリームとミルクティーを選んでレジに向かった。
会計を済ませてレジ前で振り返ったところで、店の奥のトイレから誰かが出てくるのが見えた。
父だった。やはり赤ン坊を抱いている。
何でだ!?
買い物をしている間、後からは誰も店に入ってこなかった。先程出ていった父らしき人がまた店内にいるはずがない。
Bさんは咄嗟に視線を床へ落とすと、足早に店を出て、後から誰か出てくるのを視界に収めないようにしながら急いで自転車に乗った。
家に帰ると父の靴はBさんが出かけたときと同じように玄関に揃えてあり、出かけた形跡はなかったという。