三十六/ 盆の寒天(49/100)

私の父の話。
父の好物のひとつは寒天なのだが、ここ数年口にしていなかった。
それをふと八月の頭ごろに思い出して「寒天食べたいなあ、砂糖入れただけの単純なやつ」と思ったらしいのだが、特にそれを誰に言うこともせず、自分で作って食べることもしなかった。
少しして、盆になって遠くに住む父方の伯母がやってきたのだが、なんと寒天をタッパーに入れて持参してきた。
それも砂糖を入れただけのものである。
聞けば、十年前に亡くなった父方の祖母が二日ほど前に伯母の夢に出てきたのだという。
夢の中で祖母が「あの子が寒天食べたがっているから持ってってやんなさい。砂糖入れただけのやつだよ」と言うので、その通りにしたとのことだった。
父は喜んで食べていた。



(八月三十一日追記:ちょっと文章がわかりにくいので直しました)

三十七/ 繁盛している美容院(50/100)

Hさんがその美容院に行ったのはその日が初めてだったのだが、入った瞬間「あ、何かおかしい」と感じたという。
それはともかく髪を切ってもらっていると、向かった鏡越しに店内にいる人が見える。
この店は結構繁盛しているようで、人の出入りが多い。
しかし最初、Hさんはいまいち店員の接客が不十分だなと思った。
新しく店内に入ってきた客がいても、いらっしゃいませと声を掛けたり掛けなかったりする。
声を掛けない時は、本当に誰も反応しない。
まるで、誰も入ってきていないかのようである。
しかし何か違和感がある。
何回か人の出入りを眺めて、Hさんは気がついた。
店員が声を掛けない時は、自動ドアの音がしないのだ。
とすると、さっきからの数人はどうやって入ってきたのか。
なるべくそれ以上考えないようにして整髪が終わるのを待った。
ようやくセットが終わって椅子から立ち上がった時ふと見ると、ソファーで順番待ちをしているのはたった二人だった。
明らかに少なく感じたが、もう一度鏡を見ないようにしてHさんは美容院を出た。
それ以来その店には行っていないという。