森の歌声

千葉に住むFさんのところに遠くから友人が訪ねてくることになった。
高速道路を降りたという電話があり、それならあと二十分くらいで着くだろうと思っていた。
しかし一時間待っても来ない。ナビがあるというから大丈夫だろうと思っていたが、なにか不都合があったのだろうか。しかし連絡もよこさないとは、事故でもあったのだろうか。
心配したFさんは友人の携帯に電話をかけてみた。すると電波の様子が悪いのか声が遠いものの、友人と話ができた。
友人の話では、現在位置がよくわからなくなったのだという。
高速を降りてから車のナビの案内する通りに走っていたのだが、森の中に差し掛かったところで急にナビの表示がおかしくなり、操作を受け付けなくなった。仕方なしにそのまま道なりに走っていたのだが、二十分以上森の中を走っても一向に森が途切れる気配がない。
対向車も後続車もなく、人の姿もない。
ただ、窓を開けているとどこかから歌声が響いてくる。大人の低い声と大勢の子供の声が混じっている。
距離が離れているのか、ほとんど歌詞は聞き取れないが、低い声で「ずん、ずん、ずん、ずん」と繰り返しているところだけははっきり聞こえた。知らないメロディだが、妙に陽気な歌だった。
誰かがいるなら道を聞きたいのだが、歌がどちらから聞こえてくるのかわからない。
不安になってFさんに電話しようとしたが、通じない。途方に暮れそうになりながらそのまま車を走らせていたところにFさんから着信があったのだという。
森?
Fさんの家から最寄りの高速道路出口の間に、そんな広い森など存在しない。仮に道を間違えて反対方向に行ってしまったとしても、そんな場所に心当たりがない。
その森、うちの近くじゃないから引き返したほうがいいよ。とりあえず友人にはそう伝えて一旦電話を切った。
五分後に友人から電話があった。
引き返したら森からすぐ抜けられた! どうして!?
森を抜けたらナビも回復したという。それから十五分ほどで友人は無事にFさんの家までやってきた。
友人は一泊して帰っていったが、帰り道では森に迷い込むことなく帰れたという。