鬼を談ずれば怪至る

夏だしみんなブログで怪談話を書けばいい(ファック文芸部 - 論理兵站)
百物語(握力)
に参加。


平素から季節感なく怪談ばかり書き連ねている私ですが、怪談の旬といえばやはり夏です。
できるだけはてな界隈の皆さんに措かれましては怪を語っていただきたいと思います。
百物語がひとつといわず二つ、三つと完成してゆけば、それによって起こる怪も二つ三つと増えてゆきます。
理想は一bloggerにつき最低一怪。
そうなって初めて我々は各々の怪を競わせることができるようにもなります。
あたかもタイの少年が甲虫を戦わせるごとし。
これこそ所謂「怪談2.0」です。
怪談は単なる生産と消費の構図を脱し、次のステージへと進んでゆくのです。
書いてて意味がわからなくなってきたのも怪。



(八月二日追記)
ブクマコメントに返信:
夏以前に書いたものも含まれていて恐縮ですがよろしければどうぞ三十編お加えください。
それとextrameganeさんの怪談も是非読みたいです。

三十/ 百合の匂い(9/100話)

Uさんは子供の頃から同じ夢を何度も見ていたという。
見ていたと言うと語弊がある。
何しろ目覚めた時には内容はすっかり忘れているらしい。
ただ、必ず百合のような強い花の匂いだけが鮮明に印象に残っているという。


彼女が二十歳になって少ししたある日、いつものように電車で学校から帰る途中のこと。
ふと気付くと、彼女が座っている席の最寄の扉の前に女性がひとり立っていた。
黒尽くめの装いはどうやら喪服のようで、花束を手にしているところを見るとこれから葬儀に参列するのだろうか。
日本の喪服としては珍しく、顔を黒いヴェールで覆っている。
さほど混んでもいない車内で、黒い姿はひときわ浮いて見えた。

次に駅に止まった時、喪服の女性の前のドアが開いて、外の空気がすっと流れ込んできた。
風に乗って、女性の持つ花束の香りがUさんのところにも届いた。
強い百合の匂いである。
それを嗅いだ時、Uさんは何故か理由はわからないが「これだ!」という強い確信を抱いたという。
幼い頃から何度も見ていた夢の匂いは、他ならぬあの女性の持つ花束の匂いである、というひらめきがあったのである。
はっとして目で追ったときには、女性の降りた後のドアがガタンと閉まって、僅かな残り香が漂うのみであった。


それ以来Uさんはその夢を見ることはなくなったという。

三十一/ あっ、ごめん(10/100話)

Tさんという女性の話。
その晩彼女は寝苦しさにふと目を醒ました。
寝返りを打とうとしたとき、目の前に鏡がある、と思った。
何しろ目の前に自分自身の顔があるのだ。
自分と向かい合って横になっている。
しかし鏡にしてはおかしい。
Tさん自身は目を醒まして見つめているのに、向かい合う顔は目を閉じているのである。
Tさんは自分は寝ぼけているのかと思い、暗いなか目を凝らしてよく見てみた。
すると自分自身の顔とばかり思ったそれは、自分とは似ても似つかぬ他人である。
全く見たこともない男の顔だった。
何故それを自分の顔だと思ったのかがわからない。
鏡ではないのはわかったが、今度は急に怖くなった。
何しろ知らない男がいつの間にか隣で寝ているのである。
飛び起きようとすると、男がぱっと目を開けた。
男はひどく驚き慌てた様子で「あっ、ごめん」と言うと、ふっと掻き消えるようにいなくなった。
男がいたスペースが急に空いて布団がぱさりと落ち、かすかな汗の臭いがした。


Tさんはすぐに引越した。