Nさんがインフルエンザで寝込んでいた時のこと。
39度を超える高熱が出て苦しさのあまり眠ることもできず、布団の中で荒い息を吐いていた。
すると熱に浮かされたか、部屋の中がどこかいつもと違ったように感じられる。
朦朧とした意識のまま目だけ動かして見回したところ、違和感の正体がわかった。
ベッドの向かい側にあるクローゼットが、なぜか立派な木のドアに変わってしまっているのである。
いつの間にあんなものができてしまったのか。いや、そんなはずはない。
熱のせいで判断がおかしくなっているのだろうか、前からずっとああだったのではないだろうか。
はっきりしない頭で懸命に考えるが、やはりそこはクローゼットだったはずで、ドアなどなかった。
どういうことだろう。夢か、あるいは熱のせいで幻覚をみているのか。
しかし立ち上がる気力も体力もないので近寄って確かめることもできない。
そのままぼんやりとそちらを見続けていると、突然音もなくそのドアが開いた。
ドアの向こうからは一人の男が顔を出した。
着物を着た、あご髭の長い老人だったという。
老人がドアから半身を出した所で、Nさんと視線が合った。
数秒間見つめ合ったあと、老人はすぐに無言のままドアの向こうに体を引き、再びドアが静かに閉じた。
全く知らない老人だったが、意識が朦朧としていたせいか、Nさんは特に怖いとも思わなかったらしい。
それからすぐにNさんは眠りに落ちたらしく、次に気がついた時には四時間ほど経っていて、熱も微熱程度には下がっていた。
部屋を見回すと先ほどのドアではなく、いつも通りのクローゼットがある。
やはりあれは夢かあるいは幻覚だったか、と胸をなでおろしたNさんだったが、そこで全身にすっかり汗をかいていることに気がついた。
体もだいぶ楽になってきたから着替えておこうと立ち上がり、クローゼットを開けたところで愕然とした。
クローゼット付近の床も、そしてクローゼットの中の床も、誰かが土足で歩きまわったかのように砂まみれだったという。