犬と脚

ある人が奥さんの実家に行った時の話。
車で五時間かけての道のりで、到着した時にはすっかりくたくたになってしまい、義父母に挨拶してから少し休ませてもらうことにした。
奥さんは義父母と話をしているので、ひとり客間で横になっていたところ、気が付くと金縛りになっていることに気がついた。
動かせるのは顔面くらいのもので、首から下は石になったように動かない。
――疲れてるせいだな、もう少し寝ていよう。
そう思って目を閉じていると、なぜか周囲で生き物が走り回る気配がする。
息遣いや足音から察するに、小型犬のようなのだが、いつの間に入ってきたものだろうか。
犬を飼っているとは聞いていなかったので驚いたものの、身体が全く動かないため黙って足音を聞いているくらいしかできない。
どんな犬なのかくらいは見てやろうと目を開けてみたが、なかなか視界に入ってこない。
と思っていたら、どうもそうではないようだった。
犬の足音は元気に走り回っている。
その気配が眼の前までやって来ても、見えるのは畳と壁だけ。
足音だけが周りをくるくる走っていた。
さすがに驚いたが、やはり体は動かないままなので、必死で視線だけ動かして部屋の中を見回すと、犬ではないものが見えた。
足元の方向の壁際に、両膝を立てて座っている脚がある。
ジーンズを履いているところから、奥さんではなさそうだとわかったが、義父母のようでもなく、誰だか見当がつかない。
見えるのは脚だけで、上半身はどう頑張っても見えなかった。
すると犬が急に背後で立ち止まって、首筋をべろべろと舐めた。
その途端金縛りが解けたのですぐに起き上がってみたものの、犬の気配も壁際の脚もすでに消え失せていた。


犬の姿が見えないのに舐められた感触があったのが不思議で仕方なかったという。