Kさんは中学二年生の時から高校を卒業するまで、家庭の事情で親元を離れ、父方の祖父母の家で暮らしていた。
祖父母の家は辺鄙な地域にあり、四方を山に囲まれていて、学校に通うのにも自転車で一時間はかかった。
そうしてKさんが高校二年生の春のこと。
部活動が休みだったのでいつもより早く学校を出たKさんは、ふとした気紛れから寄り道をすることにした。
いつもより遠回りをして、沢の方の道を通った。
普段は通らない道だが、こちらは途中にジュースの自動販売機が置いてある。
久しぶりにそこでコーラでも買おうと考えた。
春めくのが遅い山国だが、ようやく暖かくなってきた頃で、陽気も良い。
自動販売機に辿り着くまでの道すがら、気分が乗ってきてついつい好きなアイドルの歌を口ずさんだ。
どうせ道端にも誰もいないことだし、知らない人に聞かれて恥ずかしい思いをする気遣いもない。
そうやって自転車を漕ぎながら気分よく歌っていると、ふと、自分のものではない声が聞こえた気がした。
慌てて歌うのをやめると、やはりどこかから誰かの声が聞こえてくる。
誰かが歌っているようだ。
耳を澄ましていると、何の歌なのかはすぐに判った。
つい今しがた、Kさんが調子よく口ずさんでいたアイドルの歌だ。
となると、やはり先程の歌を誰かに聞かれていて、真似されているのだろうか。
そう思ったKさんは恥ずかしいやら気味悪いやらで、折角の良い気分が醒めてしまった。
無言で自転車を漕いでいったKさんだったが、歌声はまだどこかから聞こえている。
ずっと、同じ節を同じ調子で繰り返し歌っている。
しかし、だんだんその声の様子がおかしくなってきた。
最初は気にならなかったが、少しずつラジオの音声のようにノイズが交じって聞こえてきたのだ。
これは果たして人間の声なのか?
流石に怖くなってきた。
一本道で、両側は杉林になっている。
木立の間にも、前後の道にも誰の姿も見当たらない。
声はずっと同じ大きさで聞こえてきている。
付いてきている?
ぞっとしたKさんは、速度を上げて家路を急いだ。
自動販売機で立ち止まっているどころではない。
必死でペダルを踏んでいるうちに、いつの間にか歌声は聞こえなくなっていた。
夜になって祖父母にその話をすると、祖父が煙草を吸いながらぽつりと言った。
「そりゃ山彦だ。たまに出るんだ」