―――の電話(60/100)

電話が鳴った。
「私、―――さん。今おうちを出たところ」
すぐ切れた。
悪戯電話だろう、と思った。
またすぐに鳴った。
「私、―――さん。今、川を渡ったところ」
ひやりとした。
そんなはずはないのに。
また鳴った。
「私、―――さん。今、あなたのおうちの前にいるの」
叫びそうになった。
窓の外を見られない。
また電話。
「私、メ――さん。今、あなたのお部屋の前にいるの」
ドアに目が釘付けになる。
一秒。
二秒。
三秒。
……。
電話が鳴った。
震える手で受話器を取る。



「私、メロスさん。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」
私は負けを認めた。


(古伝説と、シルレルの詩から。)


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