好きな未確認生物はモスマンとニンゲンです

ブクマコメントにあった別役実のあざらし記述を探しに書店に行ってみたのですがそれらしいものは見つからず。
多分『けものづくし』辺りではないかと思うのですが。
代わりに買ってきた高野秀行『怪魚ウモッカ格闘記』(集英社文庫)が大層面白かった。
それで俄に未確認生物熱が上がったので色々検索してみたら、半年前に行った某所にも未確認生物の記録があったということがわかり無念。
もっと早く知っていればもう少し違った見方ができたのに。
そんなわけで怪魚にお熱なので『シーマン』(DC版)始めてみました。今更。

四十七/ 移動する影

ある日の夜、Sさんが日課である愛犬の散歩をしていた時のこと。
月の明るい晩で、道沿いの電柱の影が伸びているのがはっきり見えた。
Sさんがある地点まで差し掛かったとき、足元に伸びる電柱の影がにゅっと動いた。
隣の電柱の影はそのままなので、光源が動いたせいというわけでもなさそうである。
しかしその影の主を見上げてみても、そこにはただの電柱が立っているばかりで、特に動くものはない。
再び足元を見れば、影だけがその主を無視したように伸びたり縮んだりしている。
不思議なこともあるものだと思って数分間影を見つめていたが、いくら見ていてもただ伸び縮みするだけなのでその日はそのまま帰った。
次の日、同じくらいの時間にそこを通りかかってみると、やはり同様に動く影がひとつだけある。
ただひとつ、前日とは異なる点があった。
その影は前日動いていた影とは場所が違っていたのである。
Sさんは前日の影の場所をよく覚えていたが、今度の影はその隣の電柱のものだった。
もしやと思ってその次の日も行ってみると、予想通り動く影は更に隣の電柱へと移動していた。
その後も毎日、Sさんはそのルートで犬の散歩をしていたが、影は必ず前日の隣のものが動くようになっていた。
曇りなどで影が見えない日は、その日動くはずだった場所を通り越して次の日に続いていった。
しかし、しばらく追っていた後で影の移動ルートがSさんの散歩ルートを外れていってしまったので、それ以上追跡するのを止めてしまった。
Sさんはあの動く影が今どこまで行ったか、時々気になるという。

四十八/ 地震犬

Oさんの住んでいる町が、さる大地震で甚だしい被害を受けた時のこと。
避難するときにお隣の前を通りかかると、お隣さんは一家揃って家の前に出ている。
お隣の家は一階部分が無残に潰れて、とても中にいたら助からなかったような有様だ。
しかし、地震が発生したのは早朝のこと。
なぜお隣さんはいち早く揃って脱出していたのだろうか。
見れば、お隣さんは一家揃ってぼろぼろ涙を流している。
さぞショックなのだろうと、Oさんは避難所まで同行した。
避難所に着いて少し休んでから、お隣の奥さんに話を聞いてみると「ジョンが助けてくれた」と言う。
お隣さんは室内犬を一匹飼っていた。
ジョンはその犬の名前である。
しかしジョンは数年前に老衰で死んだのではなかったか。
詳しく聞いてみると、こういうことだったらしい。

地震が発生する少し前まで、家族はいつものように寝ていた。
すると突然、近くで犬の吠える声が聞こえた。
不思議なことに、別々の部屋で寝ていた全員が皆、至近距離でこの声を聞いたらしい。
声には聞き覚えがあった。ジョンである。
訝しんで皆が起きてみると、また声がした。今度は玄関の辺りからだ。
皆が玄関に集まってくると、また声がした。今度は家の外である。
――ジョンはひょっとしてどこかへ呼んでいるのではないか。
皆がそう思いながら、玄関からぞろぞろ出たその時、ぐらっと足元が揺れた。
ほとんど立っていられないくらい強い揺れの中、家は目の前で潰れてしまった。
呆然としながらも「ジョンが助けてくれた」と家族揃って泣いたという。
そういえばかつてOさんはお隣さんから聞いたことがあった。
ジョンは普段はほとんど吠えることがなかったが、地震が来た時だけは必ず吠えた。
寝静まった夜だろうと、人間が気付かないようなかすかな揺れだろうと吠える犬だった、と。