白いもの

近所にあるピアノ教室の先生から聞いた話。
もう二十年近く前の夏の日のことだという。夕刻、先生は隣町の花火大会に向かって車を走らせていた。助手席にはまだ小学生だった長男が乗っていた。
花火大会は隣町との境にある河川敷で行われる。従って、会場には川の堤防沿いから行くのが一番早い。
その日は花火大会に向かう人々の車でその道はいつもより混んでいた。それで先生は少し速度を落として走っていたが、その視界が突然遮られた。
車のフロントガラスのおおよそ半分ほどが急に真っ白になって、前が見えなくなったのである。
「何これ!?」
前方が全く見えないわけではないので急ブレーキを踏むほどではなかったが、何事なのかが皆目わからない。
白い布かビニール袋か何かが風で飛ばされて張り付いたのか。しかし布やビニールならば皺が寄って質感がわかるはずだ。しかし目の前の白いものは皺など一切見当たらず、まるでガラスそのものが白く変色しているかのようだった。
ペンキか何かの塗料でもかかったのだろうか。しかし走っている車に塗料が撥ねてきたのならば飛沫になるはずだ。だが白い部分とそうでない部分の境目は滑らかになっていて、液体が撥ねたとは思えない。
何とも得体が知れないが、このまま走り続けるのも危ないので、とりあえず路肩に止めて検分してみようと思ったその時、白いものは現れたときと同じように、急に消えたという。
助手席の息子も一部始終を見ていたようで、呆然と呟いた。
「何だったのかな、今の」
ほんの十秒足らずの出来事だったという。