歯科武者

Eさんが歯医者で親不知を抜いてもらったときのこと。
歯を抜くときには目隠しに布をかけられた。その視界が遮られる間際、視界の端に見慣れないものが入った。
甲冑を身につけた、大きな五月人形のようなもの。それが診察室の隅にちらりと見えたような気がする。
あんなものがあっただろうかと疑問に思いながらも、口を開けて抜歯が終わるまでひたすら耐えた。
目隠しが取られて上体を起こし、傍らの紙コップで口をゆすいで一息ついたところで、またあの五月人形が目に入った。
人形ではなかった。生身の人間が鎧兜を身に着けて診察室の壁際に立っている。
明らかに場違いである。スタッフにも患者にも見えない。
ゴテゴテした甲冑は衛生的にも問題だろう。
それだというのに歯科医も他のスタッフも、まるで気に留める様子もなく室内を行き来している。
診察室にはもうひとり、診察用椅子に座った高齢の患者がいたが、彼も同じく鎧武者のほうを凝視していた。見えているのは自分ひとりではない。
そこで歯科医がEさんのところに戻ってきた。
術後の注意点や今後の治療計画を聞いてその日の診療は終わりになったので、椅子から立ち上がったときには鎧武者の姿はなかった。
あんな鎧を身に着けていたら動くだけでガチャガチャ音がするはずなのに、全くそんな気配はなかった。いつの間に姿を消したのか。
痛み止めと化膿止めの薬を貰って帰宅する途中、麻酔のせいで変なものを見たのだろうかと考えた。それだともうひとりの患者も同じあたりを凝視していたことに説明がつかないのだが。
二週間後に同じ歯科医でもう一本親不知を抜いたときには、変なものは見なかったという。