Rさんは高校生のときに演劇部に所属していたが、他の部員が起こした人間関係トラブルに嫌気が差して一時期部活動から足が遠のいていた。
それまでは毎日欠かさず参加していたので、いざ部活に行かないとなるとその時間を何に使うか迷ってしまった。
勉強に励むほどの熱意もなく、遊ぶほどの小遣いもない。放課後は一時間ほど当てもなく散歩してから帰宅するのが新たな習慣になった。
ある日そうしてぶらぶら歩いていると、緩い斜面に石段が伸びているのを見かけた。石段の先を見上げると石造りの鳥居がある。
普段通学している道の側にそんな神社があるなんて知らなかった。どうせ時間には余裕があるので、気まぐれに石段を上がっていった。
石段の上の鳥居をくぐった先は背の高い木々に囲まれた小さな社殿があり、人の姿は他になかった。
社殿の前に賽銭箱が置かれていたのでRさんは財布を見てみると、ちょうど五円玉があった。それを投げ入れてから柏手を打ち、手を合わせた。
ところが何を祈るか決めていなかったので、もやもやした悩みや不満が頭に渦巻いた。
部活でのトラブル。目標もなくうろうろしている自分の不甲斐なさ。
すると背後で足音がした。カンカンカンカン。
金属の階段に固い靴が当たる足音。それが早足で上がってくる。
神社の階段を誰かが上ってくるのかとも思ったが、そんなはずはないのだ。先程自分が上がってきたのは石段で、他に階段らしきものはない。
それではこの足音は、どこから聞こえてきているのか。そもそも足音なのだろうか。
上ってくる。近づいてくる。
音は一番上まで来ると、まっすぐに社殿のほうへやって来た。姿はない。足音だけが来る。
音だけが勢いよくRさんの横を通り過ぎて遠ざかり、同時に風がふわっと吹き抜けてRさんの頬に当たった。
冬の寒い時期だったのに、その風は真夏から吹いたかのように熱かった。
その途端、Rさんはどういうわけか腹のあたりがふっと軽くなった気がした。
他人のゴタゴタで自分が悩む必要なんか、元からなかったじゃないか。そんな考えが湧いてきた。
すっきりしたRさんは次の日からまた部活動に出るようになったという。