夏のベンチ

大学二年の夏休み、Rさんが自動車教習所に通っていたときのこと。
自転車で教習所に行った帰り道、暑くて喉も乾いたので途中のコンビニで一休みすることにした。
アイスを買ってコンビニの脇のベンチに座り、蝉の声を聞きながらアイスを舐めていたところ、話し声が近づいてきた。
目を向けると小学生低学年くらいの女の子と男の子が歩いてくる。女の子は犬に繋いだ引き綱を握っている。犬の散歩をしているのだろう。
ぼんやりその姿を眺めていると、二人はこちらにやってきて、当たり前のようにRさんのすぐ隣に揃って座った。
女の子が連れている犬がRさんの前に座って、手に持っているアイスを物欲しそうな顔で見つめた。
そんな顔してもやらないからな、とばかりにRさんはアイスを口に運ぶ。
「アイス食べたいのかな?」女の子が言った。
そうなんだろうけど、犬に甘いものやったらだめだよ、虫歯になるからね。Rさんはそう返事をした。
女の子と男の子は犬と同じような眼差しでRさんをじっと見ている。あるいは見ていたのはアイスかもしれなかった。
そんな目で見ても奢ってやったりはしないぞ、君たちも知らない大人にそんな物欲しそうな顔をするのは防犯上よくない。Rさんは言葉にはしなかったもののそう思いながら、二人と一匹の視線を無視した。
そこへ道の向かい側からRさんを呼ぶ声がした。誰かと思えば高校時代の友人だった。顔を見るのは卒業以来だ。
Rさんも片手を挙げて応えると友人は道を横断してこちらにやってきた。友人は何やら浮かない顔をしている。
何かあったのかと尋ねると、渋い表情の友人はベンチを眺めてこう言った。今ここ、なんか変に歪んで見えたんだよな。
その視線に釣られてRさんも隣に目をやると、今しがたそこに座っていたはずの二人と一匹がいない。立ち去った気配はなかったのに。
暑さでRさんがボーっとしている間に立ち去ったのかとも思ったが、食べかけのアイスはまだ溶けずに残っている。食べ始めてからそれほど時間が経っているわけではない。
あの子たちが突然フッと消えたとしか思えなかった。
Rさんは重ねて聞いてみた。変に歪んで見えたって、どんな感じに?
友人は説明が難しそうに言い淀みながらこう答えた。なんていうか、そこだけレンズで拡大したように膨らんで見えたっていうかさ。目が変になったかと思ったんだけど。
道の向こうからは、Rさんが座っているすぐ隣のあたりだけが膨張するように歪んで見えていた。それがこちらに来てみると普通のベンチにしか見えない。
Rさんの隣にいたはずの女の子と男の子や犬の姿は全く見なかったという。
その後もRさんは何度かそのコンビニを利用したが、あの子どもたちに会ったのはその一度きりだった。