藁束

三十年近く前、Rさんが所属していた大学のオーケストラ部でのことだという。
部内の有志五人が学内の小ホールを借りてミニコンサートをすることになった。Rさんは音楽の他に写真が趣味で、一眼レフカメラを持っていたので、彼らから本番の撮影係を頼まれた。
そして本番当日、出演者の一人が友達からハンディカメラを借りてきたというので、そちらのビデオ撮影も担当することになった。そこでRさんはハンディカメラは三脚で会場の隅に立てておいて、自分は自前のカメラを手持ちして写真を撮ることにした。
聴衆は出演者の友人やオケ部の仲間がほとんどだったが、それなりに喝采のうちに滞りなく本番の演奏が終わった。Rさんも要所要所でシャッターを切り、一時間のプログラムでフィルム一本を使った。
フィルムはその足で近所の写真屋に現像に出し、ハンディカメラはテープを入れたまま出演者に渡した。
そしてその翌日の部活動のあと、出演者たちと一緒にそのビデオの鑑賞会をすることになった。
出演者の一人の家に集まり、カメラをテレビに繋いで再生ボタンを押す。前夜の光景がブラウン管に映し出された。
小ホールのステージに五人が登場し、簡単な挨拶の後に一曲目が始まる。Rさんたちはここの音良かったとか、ここで失敗しちゃったんだよなとか、口々に感想を言い合いながら画面を眺めた。
プログラムが進み、四曲目が終わってアンコールに入る。
そこで異変があった。
アンコールの曲名を告げて、椅子に座り直した五人の背後の壁際に、男が二人出てきたのだ。
大きな藁束を抱え、柿渋色の着物を身につけ、ちょんまげを結っている髭面の男二人である。まるで江戸時代の農民だった。
えっ、こんな人いたの!?
画面を見つめるRさんたちはうろたえた。出演者たちは背後のことだから本番中に見えなくて当たり前なのだが、彼らを撮影していたRさんもそんな男たちの姿など見ていない。大学やその近辺でそんな人を見たこともない。
男たちは画面の中で、出演者たちには目もくれず、右から左へとのろのろ歩いて通り過ぎていった。


後で現像されてきた写真を見たところ、アンコール中に撮った数枚にもその他にも、藁束を抱えた男たちの姿は一切写っていなかったという。