くの字

Fさんは出産を控えて夫の実家に滞在することになった。
当時Fさんの両親はすでに故人で、夫の母親を頼ることになったのだ。
夫の実家は古い農家で、広い庭と古く大きい家があるものの、義父はずっと前に亡くなっていて義母が一人で暮らしていた。
夫は仕事で忙しく、その大きい家に日中Fさんと義母のふたりで過ごした。
よくある嫁姑問題のようなものはほとんどなかった。嫌味を言われたり喧嘩をしたりということは全くなく、義母は優しく接してくれたという。
そんなある日、台所で買い置きの食料がごっそり減るという事件があった。冷蔵庫に入れていなかった野菜や果物、パンが半分以上消えている。
義母から何か知らないかと尋ねられたがFさんにも心当たりがない。流石に一人で食べられるような量でもないので、義母もFさんを疑っているわけではないようだが、そうだとすれば犯人は他にいることになる。夫も知らないという。
野生の動物の仕業にしては食い荒らした様子がない。女二人の家に他の者が入ってきて勝手に食料を取っていったのだとすれば由々しき事態だ。
用心のため、日中でも戸締まりをよく確認して過ごすことになった。
それから一週間ほど経った頃、Fさんは夜中に喉がかわいて目が覚めた。水を飲もうと台所に向かうと何かを引きずるような音がする。
台所に明かりは点いていない。
先週のことを思い出したFさんはまた犯人が来たのかと思い、慌てて護身用にバットを持ってきた。
息を潜めて恐る恐る台所を覗くと、食料を置いてあるあたりに何かいる。
灰色のかたまりで、大きい。タヌキやキツネどころではない。クマはこの辺りにはいないと聞いている。
変な形をしている。真ん中あたりで「く」の字に折れ曲がり、その形のままふらふら左右に揺れている。
何なのあれ。
人のようにも見えないし、他の動物とも思えない。Fさんは好奇心に負けて台所の明かりのスイッチを入れた。
ぱっと蛍光灯が点いたが、灰色の物体は何だかよくわからない。相変わらず折れ曲がったまま揺れている。
Fさんはバットを握り直し、台所に足を踏み入れたが、その途端に灰色の物体は壁に染み込むように見えなくなってしまった。
また食料がなくなってしまったのだろうかと確認すると、買ってあったはずのニンジンとキャベツが消えていた。
あとは菓子パンもいくつか中身がなくなっており、袋だけが残されている。奇妙なことに、菓子パンの袋はどこにも開けた形跡がなく、中身だけがきれいに消えていた。


その後もいくつかその家で奇妙なことが続けて起きたが、Fさんが出産してからはパッタリ止んだという。