裸足坂

台風の近づく雨の日のこと。
Eさんが彼女の家に向かう途中、上り坂にさしかかった。
風も出てきたので傘を煽られないように気をつけながら坂を登っていった。
視線を路面に落としながら歩いていると、突然視界に裸足が現れた。道の脇に裸足の誰かが立っている。
目だけ動かしてそちらを見ると、薄汚れた着物の男だ。
時代劇みたいだ、とEさんは思った。雨はだんだん強くなるというのに、男は傘もささずに佇んでいる。
変な人だな、と関わり合いにならないようにEさんは視線を外してそのまま通り過ぎようとした。
すると妙なことになった。視界の端から裸足が消えないのだ。
また視線を上げると着物の男がすぐそこに立っている。視線を落として坂を登ると、視界の端に裸足がずっと見えている。
歩いて付いてくるのではない。足を揃えたまま、音もなくスーッと滑るようについてくる。
これはまずい。
なんだかわからないが普通ではない。彼女の家まで付いてこられても困る。
Eさんは踵を返すと早足で坂を下りた。振り返らずに最寄りのコンビニに駆け込み、雑誌を見るふりをしながらガラスの外を窺った。着物の男の姿はない。ここまでは付いてこないようだ。
念の為にあの坂を通らず、かなり遠回りして彼女の家に行った。
後で知ったところでは、その夜の嵐で坂の途中にあった古木が倒れたという。
あの裸足の男がその木だったのかなと、かなり古い木だったみたいで、だから時代劇みたいな服装だったのかなって。Eさんはそう語った。