市民会館

市民合唱団に所属していた人の話。
その合唱団では毎年秋に市民会館でコンサートを行うのが恒例になっている。
五年ほど前のコンサート前日、市民会館で準備をしている最中にこんなことがあったという。
楽屋が並ぶ廊下を三人で歩いていると、誰かがぜいぜいと荒い息をしているのが聞こえる。
一緒に歩いている三人で互いに顔を見合わせた。この中の誰かではない。
「はっ、ぜっ、はひっ、ぜーっ、かはーっ」
激しい運動の後の呼吸というより、何か発作で苦しんでいるような様子だ。誰かが近くで倒れているのか?
楽屋を覗いたが誰もいない。しかし荒い呼吸は続いている。
どうもおかしい。どの楽屋を覗いたときも、呼吸音は同じくらいの距離で聞こえている。音だけがつきまとうように。
ちょっとこれ、なんなの?
そうひとりが口にした途端に呼吸音は三人の間を通り過ぎ、そのまま遠ざかっていった。音は足元を這うように移動していったという。
合唱団の他の人にこの話をしたところ、驚く様子がない。たまに出るんだよね、と平然と言う。
その人も以前こんな体験をしたと語った。
コンサートの本番中、楽屋で出番を待っているときのこと。突然、キンキンに冷えたものが背中に押し付けられた。押し付けられたものは硬い、手のひらサイズのなにかだったという。
ぎゃっと声を上げながら振り向いたが誰もいない。そのとき楽屋には自分ひとりしかいなかった。
毎年ではないがコンサートのときは会場で時折こういうおかしなことが起こる、というのは合唱団に長く在籍している人の間では共通認識らしい。