同席者

Fさんが居酒屋でアルバイトしていたとき、お客さんからこういう話を聞いた。
この前来た時に同じテーブルを囲んでいた人が誰だったのかわからない、と。
友人同士で店に来て、気がついたら席に一人加わっている。親しげに話しているし、相手の知り合いなんだろうと思っていたが、後で確認してみると友人のほうでも初対面だったという。
酒のせいか、飲んでいる間はその人が誰なのか確認しようという気が起こらなかったが、そもそもどういうわけで同席していたのか全く思い出せない。
楽しく話していた覚えはあるが、話の内容はこれまた思い出せない。一緒に店を出た記憶もない。
ただ、飲んでいる最中はなぜか全く気にならなかったが、後から思えばどうにも気になる点がある。
コップを持って酒を飲むのではなく、置いたコップに顔を近づけて、犬か猫のように舌を出してぴちゃぴちゃ舐めていたのだ。


こういう話は一度だけではなく、色々なお客さんから聞いた。ひと月かふた月に一度くらいの割合だったが、話を聞けなかった例もあったかもしれないとすると、実際にはもっと回数は多かっただろうとFさんは考えている。
語る人それぞれに、そのもうひとりは性別も年格好も違うのだが、現れる席は同じ。カウンター席の他には壁際にテーブル席が三つだけの狭い店なのだが、その真ん中のテーブル席だ。
Fさんもこの話を聞いてからその席には注意を向けていたのだが、そんなおかしな飲み方をする人は見たことがなかったし、いつの間にか人数が増えていたということもなかった。
あるいは巧妙な手口のたかりなのかもとFさんは疑ったが、現場を押さえられたわけでもないから、実際に被害が存在するかどうかも判断がつかない。
そもそも初対面の人に勝手に同席して、一度もその場で追求されずに済ませることができるなど、普通はありえないように思える。


どうにも腑に落ちない話ではあるのだが、この話をするお客さんたちは誰も特には心配していないようで、みな不思議なほどあっけらかんとしていた。だからFさんも店長も気にしないことにしていたという。